大東亜戦争での最初の島での持久戦法による玉砕は、2012年08月10日、第 4709回の「★ 日本とパラオ」などで取上げたペリリュー島が最初だと思っていました。
洞窟こそ掘らなかったようですが、どうやら最初はアッツ島のようです。
ねずさんが取り上げてくれています。これも何度読んでも涙が出そうで困ります。特に、天皇陛下が全滅しているのが分かっているにも関わらず電報を打てとの話は忘れられません。
ペリリュー島(昭和19年)9月15日から11月27日
硫黄島の戦い 1945年 2月19日 - 1945年 3月26日)
何時ものように全文をリンク元で読んでください。
ねずさんのひとりごとより 2020/5/29
5月29 日 アッツ島玉砕
・・・略
77年前、そのアッツ島を守っていた日本軍守備隊2,650名が、約一ヶ月間にわたる激しい戦いの末、全員玉砕してお亡く なりになりました。
その報に接したとき、ある園芸店の店主が、アッツ島守備隊の方々の死を悼んで、この花に「アッツ桜」と名付けました。
この花は、桜科の樹木植物ではありません。
ユリ科の球根植物です。
ひとつの球根から伸びた茎の先に、一輪の美しい花を咲かせます。
けれどきっと、アッツ桜と命名した園芸店主は、国を想い北の果てで散って行かれた島の守備隊の面々に、この花を捧げたかっ たのでしょう。
同じ思いを共有した多くの日本人によって、この花はまたたく間に「アッツ桜」の名で日本中に広がり、いまも、この花は、花屋 さんの店頭で「アッツ桜」として売られています。・・・以下略
こうやって、我々の為に戦ってくださった方達を祀る靖国神社に参拝しない日本人は恥ずかしくないのでしょうか。と言うか、人間とは思えません。
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