ネットで目覚めるまでは、ご多分通り歴史も知らない平和ボケだったので、言葉も知らないものばかりです。
「御親拝」も、2018年8月20日、第1233回の「★★御代替わりの前に天皇陛下の御親拝を」で、取上げた小堀さんの発言で、天皇陛下が靖国を参拝することをそう言うのだと初めて知りました。
その「御親拝」の見出しが目に付いたので、いよいよ陛下が靖国参拝かと喜んで、良く見たら神武天皇陵に御親拝でした。
と言うことは、当たり前ですが靖国参拝だけじゃなく陛下の参拝自体を「御親拝」と表現するようです。
と、こんなことも知らないのですから教育の恐ろしさを改めて思い知らされます。
何時もの宮崎さんが、この神武天皇陵に御親拝を書いてくれています。
宮崎正弘の国際 ニュー ス・ 早読み 平成31年(2019年)3月27日(水曜日)
通巻第6028号
天皇皇后両陛下、神武天皇陵に御親拝。
皇祖御即位の畝傍の麓。「東宮への御譲位」の「親謁の儀」
平成三十一年(西暦二千六百七十九年)三月二十六日、天皇皇后両陛下は奈良橿原にある神武天皇の御陵を御親拝され、「親謁の儀」を厳粛におこなわれた。
近鉄の特別列車で到着された橿原駅から橿原神宮までの沿道には、両陛下をお迎えする国民およそ二万二千余名が、厳粛に並び、国旗をふりながら御即位以来の御訪問を歓迎した。
メディアは「退位」の「報告」などとあっさり報じているが、皇祖神武天皇が即位されたのが橿原神宮、我が国の肇国は畝傍山の麓でなされたのである。
その日が紀元節となって皇紀二千六百七十九年の歴史が刻まれ、光格天皇から二百年ぶりに御譲位の儀となった。
前夜に京都に立ち寄られた両陛下はゆかりの深い御所において茶会を行われ、往時の京の繁栄、その歴史の中枢の舞台となった場所における伝統の儀式に、多くの国民は深い思いを寄せた。
戦後、喧しかった議論は「神武天皇はいなかった。日本書紀はつくり話」という左翼の天皇制否定論だが、こんにち神武天皇の実在は疑う余地のない歴史的事実とされ、むしろ外つ国の宣伝文書(魏志倭人伝)による卑弥呼の存在が疑わしいこととなった。
邪馬台国は一豪族が支配した地域の名称と想像され、卑弥呼は霊力をおびた巫女と考えられるものの、卑弥呼神社は全国何処を探しても存在しないように、その実在は極めて疑わしい。外国の宣伝文書を、日本の歴史学者がまじめに議論したこと自体が、意味のない作業であったのだ。
今こそ、靖国にも御親拝をして貰いたいものですが、自虐史観に犯された今上陛下にそれを期待するのは不可能でしょう。もし行ってくれれば日本は変わるでしょうに残念です。
とは言え、次の代はもっと不可能でしょう。やはり秋篠宮に期待するしかなさそうです。
と、ここまで書いたら、何と、翌日の宮崎さんの読者の声に、この御親拝の使い方が間違っているとの投稿がありました。
宮崎正弘の国際 ニュー ス・ 早読み 平成31年(2019年)3月28日(木曜日) 通巻第6029号
読者の声
(読者の声1)貴誌通巻6028号に「天皇皇后両陛下、神武天皇陵に御親拝」とあるのを読んで思い出しました。それは、天皇陛下の靖国神社御親拝ということを主張される人がいることです。
御親拝は勿論参拝の敬語表現で、天皇陛下がご参拝なさる場合に使われます。
天皇陛下が靖国神社を参拝あるいは御親拝なされたことは、日本の歴史上一度もありません。天皇陛下が神社で拝まれる場合直角に頭を下げて拝まれます。これが御親拝です。
天皇陛下が拝まれるのは、天皇家の先祖に当たる御祭神の場合だけです。皇大神宮や橿原神宮です。これは当たり前のことです。儀礼上天皇は地上における天照大御神の現れです。物理的あるいは法律的にはどうかは別として儀礼上はそうです。
それ以外の神社では会釈されます。ただし天皇陛下の会釈は世間一般の会釈より深く、30度から40度くらいです。
以前、サイパンで多くの朝鮮系日本人が飛び込み自殺をした崖で天皇陛下が参拝されたとマスコミが報じましたが、これは間違いです。
天皇陛下が靖国神社を訪問される場合は参拝ではなく行幸です。行幸先で御祭神に会釈されます。内心天皇陛下がご英霊にどんなに深い思いをもっていても拝むのではなく会釈をなされます。
このことは戦前でも誤解している人が多く、以前ある陸軍大学卒業生から士官学校生でも誤解している人がいたと聞きました。戦前の小学校の教科書で天皇陛下は靖国神社を参拝されるのではなく行幸されるのだと書いてあるのを読んだことがあります。このことから、宮内庁の富田長官のメモにA級戦犯が祀られているから参拝しなくなったとあったことの主語は天皇陛下ではありません。 (當田晋也)
これも面白いですね。どちらが正しいのかは分かりませんが、後者の方に分がありそうな気がします。これで、昭和天皇の靖国参拝中止の嘘が証明されると良いですね。
それにしても、こんな言葉使いの訂正が宮内庁から出てこないことに問題があるでしょう。つまりは、宮内庁に皇室の伝統を知り尽くした人が居ないという最悪の状況だということじゃないでしょうか。
やはり、日本の歴史や皇室に精通した人達による宮内庁に戻すべきでしょう。こんなだから、竹田恒泰さんに宮外庁にしろと言われるのです。まさに、その通りです。