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インディ・ジョーンズ 最後の聖戦

2016年04月08日 20時16分45秒 | 洋画1981~1990年

 ◎インディ・ジョーンズ 最後の聖戦(1989年 アメリカ 127分)

 原題 Indiana Jones and the Last Crusade

 監督 スティーヴン・スピルバーグ

 

 ◎1938年、ベニス

 封切られた頃、ショーン・コネリーが出るのか~と驚き、かなり喜んで観に行ったっていう覚えがある。

 ただ、なんだかやけに絵柄が堂々としすぎちゃってて超大作っぽさが全面に出てるな~って感じてた。そしたら、なんとそれもそのはずで、インディ・ジョーンズは前3作が70ミリなんだね。くわえてカメラマンがダグラス・スローカム。第二次世界大戦の報道カメラマンだった人で、インディアナ・ジョーンズのシリーズは3作やってて、この作品が遺作になったらしい。とはいえ、今年2016年に103歳で亡くなったんだけどね。そりゃ絵作りが凄いはずさ。

 ショーン・コネリーもこの作品がやけにお気に入りだそうで、そりゃそうだろ、007の伝奇版なんだから。でもさ、ほんとならインディ・ジョーンズは全5作のはずなんで、スター・ウォーズも復活したことだし、もしかしたらハリソン・フォードもその気になってるかもしれないよね。観たいな、ほんとの最終回。

 

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グレムリン

2016年04月07日 19時47分13秒 | 洋画1981~1990年

 ◎グレムリン(1984年 アメリカ 106分)

 原題 Gremlins

 監督 ジョー・ダンテ

 

 ◎ギズモという名のモグワイ

 寓話というにふさわしい映画だったような気がするけど、なんとなく当時をおもいだしちゃうよね。

 なんで中国人が宇宙人のつくりあげた生物を飼ってるんだってな話だけど、そういうあたりはあんまり考えちゃいけない。設定した側としては宇宙生物にしておきたかったのかもしれないってだけで、まあぼくとしては台湾あたりの秘境で古代から飼われてきた地球の生物っておもいたいところだけどさ。

 今更この作品についてあれこれ考えても仕方ないことで、あ~懐かしいな~とだけおもえばそれでいい。

 けど、あれだね。主役のザック・キャリガンって人はほんとにぽけたんとしたおぼっちゃんな感じだったけど、やっぱりあれだろうか、フィビー・ケイツにいちばん似合う相手役ってことだったんだろうか。

 そうそう、この映画の頃、ぼくはレーザーディスクを買ってて、もちろん、この作品も買った。何回も繰り返して観たような気がするけど、当時はそれほど映画をつぎつぎに観たいっていう意識がなかったんだろうか。よく憶えてないけど、それだけ作品に対する愛着みたいなものがあった時代だったのかもしれないね。

 (2021-12-24 ↓)

 グレムリンどもが映画館を占拠して白雪姫を観るのは憶えてたけど、まさかガス爆発させて群れごとぶっ飛ばすとは。忘れてたな~。レーザーディスクも持ってるのに。

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KANO 1931海の向こうの甲子園

2016年04月06日 00時00分00秒 | 洋画2014年

 ◎KANO 1931海の向こうの甲子園(2014年 中華民国 180分)

 原題 KANO

 監督 馬志翔

 

 ◎嘉義農林学校、中京商業と戦う

 タイトルのKANOは、この嘉義農林学校のことだ。

 それにしても馬志翔という監督は『セデック・バレ』では俳優だった人で、それが一気に監督になり、これだけの大作を撮らせてもらえるという土壌は、実にすばらしい。台湾の映画産業はもはや日本のそれを追い抜きつつあるんじゃないかっておもえるくらいだ。

 ほんと、このところの邦画についてはいろいろいいたいこともあるけど、それはさておき、台湾の人々の偉いところは、かつて植民地だった頃、統治していた日本側の功罪についてきちんと把握しようとしていることだ。かれらは統治者だった日本人の中でもあまた尊敬している人がいて、そのひとりがコンピョウさんこと嘉義農林を第17回全国中等学校優勝野球大会において初出場ながら決勝まで導いた近藤兵太郎だったり、嘉農の農業教師で野球部部長でもあった濱田次箕であったり、鉄壁のトライアングルつまり野手の福島又男、小里初男、川原信男だったり、さらには嘉南大圳の建設に邁進した水利技術者の八田與市であったりするんだけど、そうした人達に光をあててくれている。

 嬉しいことだし、こういう姿勢はちゃんと受け止めないといけない。

 ぼくは台湾の人々に感謝しつつ、この作品を観た。

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理想の恋人.com

2016年04月05日 11時49分52秒 | 洋画2005年

 ◇理想の恋人.com(2005年 アメリカ 98分)

 原題 Must Love Dogs

 監督・脚本 ゲイリー・デイヴィッド・ゴールドバーグ

 

 ◇犬好きな人のバツイチ動画

 別にどうってことのないきわめてまともで平々凡々な恋愛映画だとおもうんだけど、なんでこんな普通の映画に、ダイアン・レインやジョン・キューザックやクリストファー・プラマーが出ちゃったのかよくわからん。そもそも、インターネットの出会いサイトにこの3人が登録して結婚相手を探そうとするか?っていう疑問が湧くし、それにバツイチの娘ダイアン・レインを心配している父親のクリストファー・プラマーまでもが登録してとっかえひっかえ彼女を作ったりするか?っていう突っ込みを次から次へとしたくなっちゃったりもする。

 まあこの映画ができた時代はまだまだ出会い系も認知されていなかったのかもしれないし、それなりに良心的な展開も期待されたかもしれないんだけど、でもその後のいろんな事件を見ていると、とてもじゃないけどこの映画のような出会いは期待できないんじゃないかって気になってくる。まちがってるのかな、ぼくは。だったら、その方がいいっておもうんだけどね。

 ただ、この映画の場合、犬がとりもつ恋って感じもあったりして、もともと製作者側の意図はそちらにあったような気がする。だって、ネットなんて出会いのきっかけになっただけで、そのあとの話はまるで関係ないんだもんね。いや実際の恋愛だってそうだよね。きっかけはどうでもよくって、大切なのはそれからなんだから。

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ライアの祈り

2016年04月04日 19時59分40秒 | 邦画2015年

 ◇ライアの祈り(2015年 日本 119分)

 監督 黒川浩行

 

 ◇ベトナムの部分は要らん

 いやまあ、バツイチの鈴木杏樹が人数合わせで参加した街コンで、いきなり、四十過ぎで無精髭の考古学オタク宇梶剛士に出会った瞬間、縄文時代を吹き抜ける風を感じたとかって、それはないだろ、普通。もうこの瞬間からなんだか得体の知れない昭和の良き時代のような甘ったるくい世界が始まるんだが、こんな素朴な人間たちちょっとおらんぞみたいなことを感じながらもまあいちおう最後まで観た。

 鈴木杏樹はほんとうに好い子で、普段からこういう純粋な人なんだろうな~って気がするし、いや実際、そういう素敵な女性なんだから、こんな恋愛をして幸せになってもらいたいし、宇梶剛士にしてもまあ若い時の暴力的なイメージはまるで影をひそめ、まじにとっても好い人なオーラを発しているし、いや実際、こういう太古の響きを背に受けていかなければならない立場なんじゃないかっておもうからこういう映画に次々に出て頑張ってほしいっておもってるんだけどね。

 だからこのライアっていう存在がいまひとつよくわからないぼくは、夢の中に出てきた太古の少女ライアの祈りとかっていうんじゃなくて、もうすこし別なネーミングっていうか象徴っていうかそういうものが欲しかった気がするんだけど、そんなことはさておき、途中で宇梶がベトナムに往っちゃうのは駄目だな。いたずらに時間を伸ばすだけのことだし、舞台を移してしまうことで町おこし的な雰囲気はもろくも崩れ去るし、時の流れを追っていた緊張が切れる。好いことはいっさいない。

 もうちょっと頑張れば、それなりに素敵な小品にはなりそうなんだけどな~。

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トレヴィの泉で二度目の恋を

2016年04月03日 03時34分59秒 | 洋画2014年

 ◇トレヴィの泉で二度目の恋を(2014年 アメリカ 94分)

 原題 Elsa & Fred

 監督 マイケル・ラドフォード

 

 ◇『Elsa y Fred』のリメイク

 もともとは2005年に封切られたスペイン・アルゼンチン製作の映画だったらしい。

 といっても、とあるアパートへ引っ越してきた気難しい老人のクリストファー・プラマーが、隣りの部屋に棲んでいる虚言癖のある老女シャーリー・マクレーンと知り合い、やがて恋愛に発展するという、なんとも他愛のない作品なんだけれども、そこはまあベテランの芝居だし、上手に作られてて小品ながらおもしろく観た。

 下敷きになっているのは、アニタ・エルヴァーグとマルチェロ・ マストロヤンニの『甘い生活』で、そこで描かれるトレビの泉の幻想的な場面に憧れるシャーリー・マクレーンのために、クリストファー・プラマーが一肌脱ぐことになるわけだ。けれども、かつてはトラップ大佐が子供たちに弾き語りをしたように音楽家になろうとしていたものの、現実の風を痛いほど受けてきて偏屈きわまりない性格になってしまっているため、まずはそれを融かさねばならないわけで、やはりクリストファー・プラマーはそういう役がうまい。

 まあ、いくつになっても男は現実の中でしか生きられない不器用な生きもので、女は夢想の中へ現実逃避してしまえる器用な生きものであり続けるんだな~って感じだよね。

 ちなみに、トレヴィの泉なんだけど、ぼくはトレビの泉と書く。発音がどうのこうのではなく、ヴィという書き方にはどうにも閉口してる部分があるからだ。もともと、日本語の書き方では「ヴィ」は「ビ」だった。それが認められていない頃は、ぼくはことさらしつこく「ヴィ」と書いたものだが、どうにもこの頃、嫌になってきてる。だから「ビ」と書くことが多い。ことにトレビの泉はそうだ。

 で、この造られてから250年になる泉なんだけど、背を向けてコインを投げ、ちゃんと泉の中に入ったとき、その枚数によって「また泉に戻ってこられる」だとか「恋が成就する」だとかあるらしい。外人さんがそうしているかどうかは知らないが、ともかく日本人はあらかたの人がコインを投げてきたんじゃないだろか。かくいうぼくもそうだ。けど、コインを投げてからぴったり40年になるんだけど、願いはどうなったのかなあ。

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フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

2016年04月02日 16時21分02秒 | 洋画2015年

 ◇フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ(2015年 アメリカ 126分)

 原題 Fifty Shades of Grey

 監督 サム・テイラー=ジョンソン

 

 ◇甘っちょろいな

 とかいって鼻で嗤える奴がいれば、そいつはたぶんSMの奥義を多少なりとも知っている人間だろう。

 ま、普通に生きていればそんなこと知ってるはずもないし、かくいうぼくもほとんど知らない。でも、そんなぼくが観ても、この作品はちょっとばかしオブラートに包まれすぎな気がしてならないんだよね。筋立てについては今更ここで書かなくてももはや世界中が知ってるんだろうからなんにも触れないけど、でも、ちょいと甘いんじゃないかしら?

 ていうか、なんというのか、恋に憧れるおぼこ娘の初めての恋愛がちょっとした不倫だったらどうしようって程度のものでしかないような、そんな感じだ。

 とはいえ、なんたってこの原作が全世界で発売後わずか半年で6300万部も売れちゃったっていうんだから、まあなんて世界中の女性はスケベなの!とかっておもっちゃうし、それと同時にまあなんて世の中の人達はSMに対して興味津々なの!?っていう衝撃すら憶える。

 さらにちょっと眉もしかめるかもしれない。だって、変態になってしまうことにトラウマを求めたり、そういう行為に走る人間たちにもプラトニックラブを求めたりするっていうのはお門違いなんじゃないかっておもえるからだ。

 そんなことはさておき、主役のダコタ・ジョンソンなんだけど、彼女、メラニー・グリフィスの娘で、ていうことはティッピ・ヘドレンの孫ってことになるんだよね。すげえな。サラブレッドじゃん。だから綺麗なんだけど不思議な色気まであるのか~とかって妙に納得しちゃったわ。

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杉原千畝 スギハラチウネ

2016年04月01日 00時00分00秒 | 邦画2015年

 ◇杉原千畝 スギハラチウネ(2015年 日本 139分)

 監督 チェリン・グラック

 

 ◇ジェームス・ボンドじゃないんだから

 いくらなんでも『ロシアより愛をこめて』のようなシベリア鉄道での活劇はないんじゃないか。

 どうも感覚が違うっていうか、杉原千畝という人をどのように描こうかとか、製作者側がこうした人道的な行為についていかなる意見を持っているのかといったことがうまく見えてこないんだよね。人間を超越したような英雄を描いたところでダメなだけで、なんで唐沢寿明も小雪も長い収容所生活の果てに解放されたとき衣類も汚れてなければ気持ちも溌溂としているのかっていうような重箱の隅を楊枝でほじくるみたいなことをいっても仕方ないとはおもってるんだけど、どうにもいわなければ気が済まないっていう感じなんだよな~。

 当時、リトアニアまで辿り着いたユダヤ人を救ったのはなにも杉原千畝だけではないというのは、むろんちょっとは描かれているものの、しかしそれでも杉原をいちだんと高く扱っていることにちょっとした違和感がある。たしかにユダヤ人救出のひきがねをひいたのは杉原で、杉原に続いてさまざまな人達が人道的な行動をとっていったわけだけれども、なにもこの一連の物語は杉原を英雄とすることではなく、杉原のとった行為に拍手を捧げ、かつそれに続いた人々を掘り起こして喝采を浴びせることに主題を置かなくちゃいけなかったんじゃないのかな~っておもうんだけどね。

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