根っこは大事

5月以来、月が出たのは1日だけではないだろうか。  
 昼間は天気が良くても夜になると何故か曇る。
 
 毎日、じめじめムシムシで、カビだウイルスだと冴えない感じもするが、高幡不動はアジサイ祭りでお客がいっぱいだし、いい事も沢山あるに違いない。
 昨日、都心へ出て映画を(満蒙開拓団)を見に行った。1時間半の待ち時間は何となく近くの靖国神社へ向かっていた。(今回で2度目)
 体に頭が素直についていった感じでうんと子供だった頃を取り戻したようで後の映画より良かった。
 子供の頃、近くの神社が遊び場の中心だったので体にしみこんでいたのかもしれない。特攻隊を賛美するようなものもあったが、それはそれで特別違和感はなかったし、全体的に落ち着いた。
 保守の感覚を味わっていたようだ。
保守か(改革・革新・革命)かは狭い範囲の話で、(森の鎮守)の感覚はいろいろあったにせよこの根っこはたとえ革命であっても、反革命であっても大事ではないか。
 今は、どこもそうでないから浮ついて、政治も経済もインフルエンザも、明日の事が分らない日々を過ごす事になる。
 
  
 
 
 
  
 
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外向きの創造性

 アメリカでよく使われる褒め言葉は(クリエィティヴ・創造的)で日本では(才色兼備、~出の秀才、~を首席で卒業)だと言う。
 世界中が行き詰まっている今、どんな人間の力が求められているのだろう?
 日本が今頑張ってる(学力)は求められてるものからは、2周遅れの感じでここでは論外。
 少なくても総合的な人間力、広い意味での創造性がその中核かもしれない。
  (まずはバックギアからニュートラルへ)
 しかも人類的な行き詰まりは、アメリカで使われるようなエリア内での創造性ではなく、エリアを越え自然や地球をも包含した大きく外へ向いた創造性が求められているのではないだろうか?
 
 
 
 
 
 
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