補完無しの民主主義





今時、「民主主義」を理想としても否定する人や団体は無いかもしれないが、 果たして 「民主主義」は良いものだろうか?

    多数の支持者がいて権力を握り物事を決定するのだが、そこで生じた問題の解決法を見出すのは はじめから多数ではない。

 解決法は少数の認識から始まり それが多数者になるまでは 時間はかかり 問題解決は 出来ない。

 現在の世界や日本も言えそうだが これが民主主義の避けられないものだとしたら 当初の疑問に至り付くのは 当然かもしれない。

 何より民主主義のもとで現在の行き詰まり出口を見いだせず、 ナチスヒットラーが出たとすれば はじめから民主主義を補完する仕組みが必要だろう。
極端な言い方をすれば、 未来の答えは多数者より 少数者の中に紛れ込んでいる可能性が高く それを取り入れる仕組みがセットしてあって初めて民主主義は機能するのかもしれない。 現状はそうはなっていない。


   
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現状の態様





   指導者には失望しても 歴史を主導するのは≪現状の変化≫だろうから 無用な心配はいらない。

 報道は現状やその変化を認識できない指導者の言辞を追い 社会の実体と合致せず不安にもなるが 基本的に社会を動かすのは(思い)ではなく

現状やその変化そのもの。

   社会が情報の想定内で動けば良いのだが そうはなっていない今日 危機や犠牲も現状の一態様とし それを基に言辞や情報を見ることにしている。

その方が 社会を主導的に動かすものが何かが 解るような気がしてる。


 大河ドラマは 指導者の思いを中心に描いておりドラマとしては面白くても 科学的ではなく上記の視点とは異なる。
 

   

    

     

    
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解決の道理




世界経済の縮少・温暖化・絶滅危惧種の拡大・難民・昨日のブリュッセルのテロ…

   これらは 解決へ向かっているだろうどうか?

   何れも人間社会が生んだ問題だが 生む力と解決する力の大きさはどちらが大きいかは 結果を見れば分かる。

   国家的に内向きな国々は 国際的な問題解決には そもそもが不向きで、それが露呈されているようだ。

   模索しているとは言え、有効な手段を講じているとは言えない。

 多数が 解決策を失って生じた行き詰まりは 多数が少数派にもなれない少数あるいは個人に 耳を傾けられるかどうかにかかっている。

   現在は そういう時代で、今のやり方では 国際問題だけでなく国内問題の解決も難しい。

    一木一草に心を傾けられれる繊細なリーダーが必要な時 逆に権威を笠に着たリーダーを求める。人々もリーダーも大きな勘違いをしているようだ。  

    

    
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