初めて会う友






    昨日、山中 恒さん(児童読み物の作家)の個展を見てきた。

     授業の合間に(サムライの子)なんかを読んであげた… あの人に出会ったような感動。

    出口のところにあった 今年 1月16日に毛筆でしたためた一文は (自分は 子供たちに残してきたものは これでよかったのだろうか?)

    の疑問符をこめたものだった。 

     あれだけ純粋に子供を見つめ関わってきた人 86歳  その人が今も 自分への問いかけを続けている。

    来月にはフォーラムがあると言う 是非是非 直接お顔を拝顔し声が聴きたい!  


(ストーカーか 追っかけの気が この体の中にあったのか? 彼とは次元が違うようだが…)
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失望させないもの





それが 一周遅れなのか一周先回りなのかは分からないけど 世界や日本の経済は縮小し末期的退廃文化が蔓延している。いつの間にか そんな世界観と時代感覚を身に着けてしまったようだ。

   最近の金融指標の不安定さは 世界経済の悪化を率直に表わしていると考えているが 現状の世界経済を認識しやすくしていて良いことだと思う。

   地球環境を悪化させながら 先進国は軒並み借金の山を作り、新興国も伸び悩んでいるのは 最近 始まったことではない。

  にもかかわらず 世界は 過去の夢と経験にしがみついている。

  世界のニュースや国会の論戦が 虚しく感じることはあっても、地球化(グローバル化)の回転軸に失望したことの無いことに勇気をもらっている。  

   
 


   



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丁寧な説明を




   イランは核を放棄したとして経済制裁が解かれると言う。

   ところで 核を持ったり核の傘に入りながら 他国の核の保持を許さず経済制裁する理由が分からない。

   国家間の対等平等の原則には当てはまらないし 倫理的にどうなのか?
    
 多分 世界統治の現時点の現実的な対応だろうが 子供の頃聞いた気もするが 最近はニュース解説でも聞かない。 丁寧に説明すべきではないか。

 
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言い訳




  自然に問いかけ自然から学ばなきゃいけない時代に ところ構わずスマフォから目を離せないような現代の風潮は やっぱり気になる。

  若者は勿論、それが年配だったりするとなおさらである。

  情報を提供する新しい便利な道具ではあるが (ある意味で)スマフォが提供する情報は人工の域を出られず 自然への対応には限界がある。

  道具の2面性が 問われてもいる。古い人間の言い訳かもしれないが… 

   発想は古いのに 装いを新しくする現代の風潮の一つにすら見える。

  
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狂想曲





論理的・知性的な法理として 世界は政治的に1元化し文化は多様に統合されるだろうと考えている。現在はその一過程にあるのだが 目の前の出来事や現象を一定の範囲に限定した物言い言いも必要だろう。 

  人間活動によって 世界全体が荒れ行き詰まっているのだが 人は自らを制御できないでいるかのようだ。

   遭遇している人為的困難は 人間社会の相互の関係無しには生起しない。 困難を招いた原因を抜きに 解決しようとする現在の流れは 一時的な試行錯誤ではあっても 論理的に導き出された仮説によるものではない。

   内・外が抱える問題の解決に時間はかかるだろうが 現在は一過程であり 結局は法理に沿う日が来る。

   今は 法理に沿った新しい小さな流れと古い大きな流れの狂想曲。

    
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ニュースの優先順


  金融経済と言われる今日の世界では  オバマ大統領や安倍首相が 所信表明や国会で表明したのとは正反対のことが 昨日から為替や株式等が 混乱した形で世界を駆け巡っていた。演説で反射的に感じた実態の悪さを こんなにすぐさま見せられるとは…
  
    今日の東京新聞は1面トップから数ページは バスの事故にさいていたが 社説を含め これまでマスコミが報じてきたものとは正反対の 昨日来の経済の動きには全く触れていない。

    今回も 取り上げるニュースの優先順に マスコミのご都合主義を感じた。 
   

    
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最大の支持母体





日本人の多くは会社務めする人とその家族である。
 
  勤め人は 会社を経営する人に雇ってもらっている。 経営者のの意向に沿わなければ 会社勤めは難しい。


   会社の経営者の政党や政策の選択も当然ある。

   法律とは別に、雇ってもらって生活している人は 会社経営者の意向にそむくのは一般的には難しい。多くの勤め人は経営者がどんな政党を支持し政策を求めるかは おおよそ見当がつくし求められることもある。
   
      政党の最も大きな支持母体は会社ではないかとの仮説は成り立たないか。
   
   テレビや新聞の情報産業も大きな会社経営であることは言うまでもなく、報道する会社も経営上の立場も当然ある。

   民意を問う公正な選挙と言っても こんな社会的な関係と枠組みを基にしている。話題にもならない不思議さ。

 これが 民主主義の仕組みの今日の姿だろうし、民意を問うことの限界もある。 投票に行かない人が出るのは 自然でもある。むしろ棄権の意味を問うべきではないか。
 

    
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 かなり酷い 




  オバマ氏は最後の一般教書 (2016・1・12)で「米国は 大きな変化への恐怖を克服した。」と楽観論を基調に「機会と安全生活水準の向上、持続可能で平和な地球は、すべて手の届くところにある。」と(協力)の条件をつけながらではあるが演説した。

     阿部氏はアベノミクスの成果の誇示。

   、「世界も日本も事態はここまで深刻なのか」と自分は反射的に感じていた。

    「持続可能」「好循環」、 資源を消耗して成り立っている世界の経済や、借金し財を切り売りして子孫に着けを回している国とは 似ても似つかない。

   確かに 景気の悪い話をする大将なんて 聞いたことない、 大将は 現実を語るのでhなく、夢を語るのが仕事か。 立場を勘違いしていたようだ。
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意外な喜び





午前中、国会の質疑討論を聞いていたが、 内容的なコメントをする気は あまり起きない。

 それより、昔、日記で子供たちに「あったことをありのまま書く。」を求めてきて良かった との思いになった。意外なところで喜びを感じていた。

  
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見えにくいもの



   前項に続いてだが

   自然が無視されるような仕組みの上に現在の文化が成り立っているとすれば その矛盾は社会的・文化的に自覚し難いかもしれない。

    増えているかに見える社会病理的な現象の説明や解決が難しいのは そんなことも関係しているかもしれない。

    自分の顔同様 地上でやってる人間活動や社会的出来事の意味が見え難いとは 面白いと言えば面白い。

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