浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

牧太郎の青い空白い雲

2016-06-14 23:13:38 | その他
 毎日新聞の牧太郎氏のコラムは、『サンデー毎日』に連載されているようだが、これがなかなか的を射ている。

http://mainichi.jp/sunday/articles/20160613/org/00m/070/002000d
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オネ

2016-06-14 22:41:53 | その他
 今夜は東京から来た友人らと語らいの時間を過ごした。いろいろ未知の情報を得ることができた。そのひとつは、「オネ」。

 one 英語である。oneはwʌ'nと発音する。ところが、これを「オネ」と発音する大学生がいるという。ローマ字読みならそうなるが、しかし、ついにそこまできたか、と思った。

 英会話を主体とした英語教育は、子どもたちの多くを英語から遠ざけている。

 英語は、昔、ボクらが受けたような英文法や英文解釈、英作文を学ぶべきだと考えている。確かに、ボクが英語を話すとき、それはジャパニーズイングリッシュである。発音はまずい。しかし会話は流れの中で行われるから、不正確な、あるいは間違った発音でも通じる。それはボクがつきあったオーストラリア人、カナダ人との交遊のなかで証明されている。彼らとは政治や経済の話などいろいろなことを話した。話をしていると、昔学んだ単語が記憶の底から湧いてくることを感じたことがある。

 今学校の英語教育は、日常生活に即した会話が主体である。アルクの英語教育の本を読んだことがあるが、アメリカの英会話教育を、日本はまねしているのだという。日本は、何でもアメリカのまねをする。しかし、アメリカと日本では決定的に異なることがある。日本では、学校で英語を学んでも帰宅したら、すべての会話は日本語だ。しかしアメリカでは、学校で学んだ英会話をそのまま実地で試すことができる。

 かくて、日本では体系化されていない英語の教育は、忘れ去られていく。英語の力が育てられない子どもたちは、英語から疎外されながら、高校、大学へと進学していく。そしてoneを「オネ」と発音しても恥じない人となっていく。

 日本では、日常的には英語は不要である。文科省は、日本人の子ども全員に英語を話すことができるようにしようとしているようだが、それはやめた方が良い。英語きらいを創出するだけだ。現実に、そういう子どもたちが増えている。話すことよりも、英語を読める人間を増やせば良い。するとその力が、会話が必要となったときに大きな力を発揮する。

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