『朝日新聞』が「あなたは年賀状を出しますか」というアンケートを行っていた。私は以下のようなことを書いて送った。
私は若い頃、史料調査のために由緒あるお宅をあちこち訪問していた。資料の山の中には、年賀状があった。ただ印刷されているだけのものや、いろいろ書かれているものなど、その内容はもちろんだが、同時にその頃の新年の挨拶文の書き方を知ることができた。また年賀状をみていると、どういう人と交流があったのかもわかる。その意味で、年賀状は史料的価値があると思った。
さて私も、年々年賀状を意識して減らしてきているが、とりわけ印刷しただけの年賀状を送ってくる人へのそれは出さないようにしてきた。一行くらい書いて出してよ!と思う。
私は宛名は自筆で書き、必ず1~2行は書く。
さて、毎年送ってくれるある人の年賀状が、今年は来ていなかった。昨年難しい名の病名を聞いていたので、心配になった。「どうかしたのか」というメールを出そうかと思っていたところ、今日になって電話があった。法事などがあって忙しくて・・・という話しであった。ほっとした。
共通の友人が、歳を重ねてから結婚し、今嬉し恥ずかし新婚生活をしていることなどを話した。
年賀状は、消息を伝えたり伝えなかったりする。その意味で、やはり出し続けようと思う。
私は若い頃、史料調査のために由緒あるお宅をあちこち訪問していた。資料の山の中には、年賀状があった。ただ印刷されているだけのものや、いろいろ書かれているものなど、その内容はもちろんだが、同時にその頃の新年の挨拶文の書き方を知ることができた。また年賀状をみていると、どういう人と交流があったのかもわかる。その意味で、年賀状は史料的価値があると思った。
さて私も、年々年賀状を意識して減らしてきているが、とりわけ印刷しただけの年賀状を送ってくる人へのそれは出さないようにしてきた。一行くらい書いて出してよ!と思う。
私は宛名は自筆で書き、必ず1~2行は書く。
さて、毎年送ってくれるある人の年賀状が、今年は来ていなかった。昨年難しい名の病名を聞いていたので、心配になった。「どうかしたのか」というメールを出そうかと思っていたところ、今日になって電話があった。法事などがあって忙しくて・・・という話しであった。ほっとした。
共通の友人が、歳を重ねてから結婚し、今嬉し恥ずかし新婚生活をしていることなどを話した。
年賀状は、消息を伝えたり伝えなかったりする。その意味で、やはり出し続けようと思う。