クニの大倉と呼ばれる倉庫群です。環濠集落における戦略上の重要物資や武器などを納めた倉庫であるため、この区域は別に濠と柵で守られています。
上の写真は、漢や魏などに使いを送るにあたり持参する献上品を納める倉です。因みに、『魏志倭人伝』によれば、倭人が景初3年(239年)に班布、正始4年(243年)に倭錦、正始8年(248年)に異文雑錦を献じたとあり、大陸との交流を通じて短期間の間に織物技術に進歩のあったことが窺えます。
製鉄に必要な原料を納める倉。製鉄は最先端技術であり、言うまでもなく鉄は生産・軍事上、極めて重要な物資でした。
稲籾を納める倉。単なる食料保存庫というだけでなく、富の象徴でもありました。
武器庫です。
続いて市。日用品ばかりでなく、国内外各地から集まる貴重な交易品の取引が行われました。また、生口と呼ばれた奴隷の取引や裁判などもここで行われました。
市の中心に建つ「市楼」です。
最終回は、南のムラです。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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