都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「アニッシュ・カプーア 『JAPANESE MIRRORS』」 SCAI 12/10

「アニッシュ・カプーア 『JAPANESE MIRRORS』」
11/18~12/22
「インスタレーションの極致」。こう表現しても過言ではないほど、洗練され、完成された展覧会です。イギリスを代表する彫刻家として知られるアニッシュ・カプーアが、漆という「和」の素材を用いて、美しく、さらには驚きに満ちた世界を提供します。
直径1メートルはあろうかという、大きなお椀型(スピーカーのようでもある。)の彫刻作品。それはどれも、丹念に漆が塗られたと分かるほど、非の打ち所のない、美しい姿を見せています。高い質感を思わせる漆の控えめな艶やかさ。作品にはそれぞれ、「ASAGI」や「KUSA」など、日本の伝統的な色をイメージさせるタイトルが付けられ、鈍く、時には眩しく光っています。SCAIの入口に掛かる暖簾をくぐり、会場に入った瞬間、静かに配されたお椀型の彫刻、そして洗練された漆の輝き、さらにはそれらが作り出す静謐な場の気配に包まれるのです。
各作品の前に自分の体を持っていく。ここからは驚きの連続です。作品を見て、漆がまるで鏡のように仕上げられていることが分かった途端、一気に視覚が歪みだして、ぐるぐると、天地が逆転したかように場が動き出します。凝視することを許さない。しばらくこの作品が生み出す「乱反射」に慣れるまで、鏡面世界は見る者をひたすら惑わし続けます。遠近感の喪失、形の歪み、上下の逆転。おおよそ鏡が生み出すであろう、全ての錯視的な場を、漆のお椀は同時に提供してくれるのです。
もちろん、その漆による鏡面世界は、作品毎に異なった場を生み出します。目の前の作品から真後ろの作品、さらには斜め後ろの作品まで、各々が共鳴し、または反発して、永遠に回転しつつ、さらに立ち戻る。今自分が、SCAIに確かに居ることだけは認識できるものの、それ以外は、一体どの作品に自分が対応しているのか、はたまた、どのようにそれらが呼応し合っているのか、何もかもがぐちゃぐちゃになったかのような気持ちにさせられます。漆の眩い輝きが、時には前に立つ者を優しく吸い込む。そして、その吸い込まれた者は、また別の作品から吐き出される。SCAIの中に、いくつものミニ・ブラックホールが点在しているかのようです。
驚きと言えばもう一点、会場中央に置かれた、大きな円形が回転し続けている作品です。ぐるぐるとひたすら廻り続ける円形の台。中にはどうやら赤い、何か液体が塗り固められたようなものが入って、回転に合わすかのように、緩やかな曲線を描いています。一見、何らかの固体がただ廻っているだけのようにも思えますが、実は中身は液体、つまり水でした。回転による遠心力にて、常に一定の形を見せる液体。まさしく水の彫刻とも言えるでしょう。目を凝らして見ても、なかなか分からないほどに、ほぼ完璧に水が造形されています。もちろん、この水の形も、どことなくお椀の形をしていました。
また、お椀型の作品が、会場の音を反響する、要はそれぞれがスピーカーのような役割を果たしているのも、今回の展覧会の興味深い点です。ジーッと言うような静かな音が会場全体に響き渡るのは、まさにスピーカーか、反響板に変身した各作品のおかげでしょう。音の錯視。視覚の揺さぶりだけではなく、聴覚すら惑わせます。
錯視的な効果を追求したインスタレーションというのは、もちろん他にもあるのかと思いますが、アプーアの素晴らしい点は、作品がその効果を狙ったものだけではなく、やはり彫刻としての美感を保持している、つまり、作品の美しさと、彫刻の生み出す静謐感が先立っていることにあると思います。会場にはカプーアの図録がいくつか並べられていましたが、これらにも惹かれました。これはおすすめしたいです。上野の展覧会に出向いた際にでも是非いかがでしょうか。(画像は、SCAIのサイトのものです。)
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