「イタリア・ルネサンスの版画」 国立西洋美術館

国立西洋美術館台東区上野公園7-7
「イタリア・ルネサンスの版画 - ルネサンス美術を広めたニュー・メディア - 」
3/6-5/6



定評のある西洋美術館の版画展です。一昨年のキアロスクーロに引き続き、イタリア・ルネサンス期の版画を存分に楽しむことが出来ました。

チューリヒ工科大学の所蔵の版画、約110点にて構成されています。章立ては以下の通りです。

第1章 イタリアにおけるエングレーヴィングの誕生
第2章 ヴェネツィアの版画
第3章 マルカントニオ・ライモンディと盛期ルネサンスのローマの版画家たち
第4章 新たな版画表現の追求



いきなりエングレーヴィング(*1)という聞き慣れない単語が出てきて面食らいましたが、これは要するに金属板を彫って版を作る技法の一つで、元々は金工家らが装飾品を制作するために用いていたのだそうです。またそれは、細い線による細密な表現を得意としていました。この後イタリアでは、マンテーニャらが新たに太い線を使い、「装飾」表現を「絵画」的なものへと進化させていきます。上にあげた「キリストの冥府降下」(1460年代後半)などはその一例です。劇画的な描写が印象に残りました。

油彩の原画を版画にした作品が目立ちます。レオナルドよりリッピへと渡って完成した「東方三博士の礼拝」(1500年頃)では、ロベッタの版画が紹介されていました。ここでは原画とはかなり異なり、例えば三博士の一人はイエスのそばに寄り添うような表現がとられています。また同主題として、作者不詳の版画作品ももう一点紹介されていました。幼きイエスが手で小さな十字架をつくり、その祝福を博士たちを与えている様子が見て取れます。

装飾燭台と呼ばれる版画の連作も興味深い作品です。縦長の画面に花や蔓、または武具や女像などが、さながらアラベスクを思わせる構図感にて描かれていました。また当時、話題となったというネロ帝の愛したグロテスクな紋様も必見です。その中央には、悪魔の象徴でもある山羊のモチーフが堂々と登場していました。



第2章は、出版産業の中心地であったヴェネツィアの版画の紹介です。このセクションでは、エングレーヴィングが、北方のデューラーと巡り会うことによって大きく進展していく様子が理解出来ます。まず目立つのは横3メートル弱にも及ぶ「ヴェネツィア鳥瞰図」(1500年)ですが、私はバルバリの「アポロとディアナ」(1503年頃)に強い魅力を感じました。天球の上に立つアポロが、流麗な髪を靡かせながら背を向けるディアナと共に描かれています。彼女の頭上には小さな月が輝いていますが、お互いに正反対の方角を向いて描かれていました。これは、太陽と月とを同時に見られないことを示しているのだそうです。その他では、当代風の景色の中にローマ人の装いで立つヨハネの描かれたカンパニョーラの「荒野の洗礼者ヨハネ」(1505年)や、レオナルドの素描を元にした「争う動物」(1515年頃。作者は『洗礼者聖ヨハネの斬首の版画家』と記されています。)も印象に残りました。一匹の悪魔やユニコーンの争う様子が表現されています。ただ画面上方にて、何やら丸い物体を掲げている人間が気になりました。これは一体、何を意味しているのでしょうか。



ライモンディの登場する第3章が展示のハイライトかもしれません。彼はラファエロより提供された図柄の版画を制作し、その技術を誇示しながら、結果的にラファエロの名声も高めていきました。そしてここでは、何と言っても「聖カエキリアの殉教」(1520年頃)が圧倒的です。ユピテルへの信仰を拒み、今まさに処刑されようとするカエキリアの様子が描かれています。油の煮えたぎる釜へと入り、天使を見上げながら祈りを捧げるカエキリアの表情はもちろんのこと、既に処刑されてしまった彼女の夫と義父の無惨な死体や、その生首をカエキリアに見せている男などが、とても生々しく表現されていました。死体のそばで一人祈りを唱えている女性に目が向きます。あまりにも酷い光景に恐怖心も感じたのか、やや腰を引きながらも静かに祈りを手向けていました。カエキリアを糾弾するかのように群がる荒々しい男たちとは対照的です。



マニエリスム期に入るとエッチングの技法が入ってきます。木版画も多く紹介され、さらに陰影も豊かな、絵画的な版画が目立つようになってきました。柔らかいタッチにて男女の寄り添う様を描いたパルミジャーノの「恋人たち」(1527年以降)や、ティツィアーノの原画によるコルトの「ルクレツィアの凌辱」(1571年など)などは充実しています。後者では、ナイフや布の質感などもしっかりと描き分けられていました。一世紀も経ない間に表現を深めた、版画技法の変遷の早さには驚かされるものがあります。

常設展示の一角で開催中の版画展(6/3まで)も必見です。こちらは国立西洋美術館が近年に収蔵した版画が展示されていますが、ピカソやアンソールなどに交じって、ベッカフーミやギージなどのイタリア・マニエリスム期の版画家も紹介されていました。

解説も充実しており、前提知識がなくとも十分に楽しめます。おそらくゴールデンウィークの混雑とも無縁ではないでしょうか。私が見た時も非常に空いていました。

5月6日までの開催です。おすすめしたいと思います。(4/22)

*1 彫刻凹版技法のこと。インタリオ(凹版)技法における直接法の一種。ビュラン(burin)と呼ばれる鋭利な刃物で金属面に直接彫りつけて刻線をつくり、その溝にインクを詰めてプレス機で印刷する。(artgene現代美術用語辞典より。)
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