君たちのおかげだよ
「○○のせいで」というとき、○○に対してどのようなイメージを持ちますか。いいイメージですか、それとも、悪いイメージですか。「せい」という単語そのものの意味は「ため」とか「原因」ということで、いいも悪いもありませんが、普通、「○○のせいで」といえば、○○に対して、迷惑だとか、腹が立つとか、あまりいい感情は持っていないということになりますね。
でも、「ここで暮らせるのは○○のせいなんだ」とか、「暮らせる」なのに○○に感謝しているのかしていないのかよく分からないような表現にときどき出くわします。例文は、島の成り立ち、独自の進化を遂げた生き物、ということで、それこそいいも悪いもありません。いや、どちらかというと、独自の進化を遂げたことが貴重であり面白いわけですから、恐らく、悪いイメージということはないでしょう。なのに「島の成り立ちのせいで」というのは合わないと思いませんか(‐_‐)?
逆に、○○に感謝しているという場合は「○○のおかげで」と言いますよね。生き物を研究している科学者なら、絶好の研究対象を前にして「島の成り立ちのおかげで独自の進化を遂げた生き物」と言うでしょう。独自の進化を遂げたことが貴重であり面白いと思っているということがはっきりします。全くどちらのイメージも持たせないで客観的に表現するなら、「島の成り立ちのゆえに独自の進化を遂げた生き物」となります。「○○のおかげで」が思い浮かばないからって、「○○のせいで」はないですよねぇ( ̄・ ̄)。
「○○のせいで」というとき、○○に対してどのようなイメージを持ちますか。いいイメージですか、それとも、悪いイメージですか。「せい」という単語そのものの意味は「ため」とか「原因」ということで、いいも悪いもありませんが、普通、「○○のせいで」といえば、○○に対して、迷惑だとか、腹が立つとか、あまりいい感情は持っていないということになりますね。
でも、「ここで暮らせるのは○○のせいなんだ」とか、「暮らせる」なのに○○に感謝しているのかしていないのかよく分からないような表現にときどき出くわします。例文は、島の成り立ち、独自の進化を遂げた生き物、ということで、それこそいいも悪いもありません。いや、どちらかというと、独自の進化を遂げたことが貴重であり面白いわけですから、恐らく、悪いイメージということはないでしょう。なのに「島の成り立ちのせいで」というのは合わないと思いませんか(‐_‐)?
逆に、○○に感謝しているという場合は「○○のおかげで」と言いますよね。生き物を研究している科学者なら、絶好の研究対象を前にして「島の成り立ちのおかげで独自の進化を遂げた生き物」と言うでしょう。独自の進化を遂げたことが貴重であり面白いと思っているということがはっきりします。全くどちらのイメージも持たせないで客観的に表現するなら、「島の成り立ちのゆえに独自の進化を遂げた生き物」となります。「○○のおかげで」が思い浮かばないからって、「○○のせいで」はないですよねぇ( ̄・ ̄)。