阿品台団地と宮内工業団地との間にある高畑山から五日市の海老山を遠望。
江戸期の通信は人や馬による飛脚が主であったが、情報を高速でリレー式に伝達する狼煙(のろし)もあり、ここ高畑山には烽火台が設けられていた。
大野村の治野尾山(場所は不明、樹木が茂って大野方面を見ることができない)の火煙を見て、高畑山で火煙を上げ海老山で火煙が上がったら火煙を止めていたようで、松葉や肥松を燃やし昼は煙で夜は火で伝達していたようである。
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