葉室麟著『蜩(ひぐらし)ノ記』2011年11月祥伝社発行、を読んだ。
豊後・羽根藩(架空の藩)の奥祐筆・檀野庄三郎は、城内で刃傷沙汰となる。切腹を免れるが、家老中根兵右衛門により向山村に幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷(しゅうこく)を監視する役目を仰せ付けられる。
秋谷は7年前、前藩主の側室と不義密通を犯したとして、家譜編纂と十年後の切腹を命じられていた。庄三郎は向山村で秋谷とともに暮らすことになるが、秋谷の清廉さに触れ、その無実を信じるようになる。
直木賞受賞作
蜩(ひぐらし)ノ記とは、秋谷の日記の名前で、蜩の鳴き声が、去り行く夏を哀しんでいるように聞こえ、「それがしも、来る日一日を懸命に生きる身の上でござれば、日暮らしの意味合いを籠めて名づけました」と、秋谷は語る。
初出:月刊「小説NON」2010年11月号~2011年8月号までの「秋蜩」を改題、加筆、訂正
葉室麟さん(はむろ・りん)
1951年北九州市生まれ。西南学院大を卒業し地方新聞記者。
2005年「乾山晩愁」で歴史文学賞受賞しデビュー
2007年「銀漢の賦」で松本清張賞
2009年「いのちなりけり」で直木賞候補、「秋月記」で山本周五郎賞受賞、直木賞候補
2010年「花や散るらん」、2011年「恋しぐれ」で直木賞候補
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
しっかりした構成で、人物もよく描かれている。多彩な人物、謎解き、自然描写の中で、秋谷の凛とした武士としての生き方、清廉さが、この小説に骨太に一本通っている。
一方、悪家老など藩の体制、秋谷と側室の関係、農民思いの武士の存在など藤沢周平の「蝉しぐれ」に似た構成であるのが気になる。しかし、武士の生き様、支配される悲惨な農民の意地など見事に描かれている。
しかし、秋谷はあまりに実直、清冽で、内面の葛藤などまったく無いように見える。
江戸も半ば過ぎたころの、武士と農民の関係がよく書けている。先祖の遺産で生きる武士、一揆寸前まで締め上げられる農民。
農民の少年・源吉の存在だ。
飲んだくれの父親に代わり、母と幼い妹を支えるために日夜働く源吉。
生かさず殺さずの状態で生かされる日々を、明るく笑顔で懸命に生きる源吉は、村の人々にたいそう愛された。
そして身分は違えど、秋谷の息子・郁太郎の親友でもあった。
しかしある日、源吉は、冷酷な郡役人から苛烈な拷問を受けることとなる。
家族を守るために命がけで役人に向き合う源吉。
「兄やん、兄やん」と泣く妹に心配かけまいと、恐怖に耐えながらもおかしな顔をしておどけて見せる源吉。
登場人物
戸田秋谷
元・郡奉行。前藩主の側室(お由の方)と不義密通との罪で幽閉され、家譜編纂中。十年後の切腹を命じられている。いまも村人たちから慕われている。
妻:織江、長女:薫、長男:郁太郎10歳
檀野庄三郎
前奥右筆。城内での刃傷沙汰により隠居し、幽閉中の戸田秋谷の監視を申し渡される。
中根兵右衛門
羽根(うね)藩の家老。策略家。庄三郎に秋谷の監視を申し付ける。
三浦兼通(かねみち)、順慶院:6代藩主、47歳で急死 5代藩主は義兼
三浦義之:7代藩主
お由の方、松吟尼:前藩主(順慶院)の側室。「秋谷との不義密通事件」以降、出家。
お美代の方:前藩主(順慶院)の側室。義之の母。
慶仙和尚:長久寺の住職。天下に知られた名僧。
源吉:農民万治の長男で、郁太郎の友人。
水上信吾:元祐筆役。中根兵右衛門の甥。庄三郎により歩行不自由になる。
原市之助:奥祐筆差配。中根兵右衛門の取り巻き。
赤座弥五郎:三浦兼通の小姓。秋谷により切られる。