窪美澄著『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫、く-44-1、2012年10月1日新潮社発行)を読んだ。
主婦と週に何度かセックスする高一の斉藤くん。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。全5編を通じ、斉藤君の「コスプレ・不倫」事件を共通の背景として、5編とも異なる主人公が抱える痛みと喜びを描く連作短編。R‐18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。
「ミクマリ」
高一の斉藤卓巳は、主婦・あんずの自宅で、アニメのコスプレをつけて、あんずの書いた台本どおりに動き、喋り、交わる。かねてから思いを寄せていた同じ高校の松永七菜(なな)から告白され、あんずに「もうここには来ない」と告げる。しかし、ベビー用品売場であんずを見かけ、その日から卓己に頭の中はあんずのことでいっぱいになった。・・・卓巳は助産院である自宅へ戻り、いつものように出産を手伝う。
おふくろが、へその緒がついたままの赤んぼうを仰向けに寝た女の人の胸元にのせたとき、小さな体の割にはでかく見えるちんこが見えた。おまえ、やっかいなものをくっつけて生まれてきたね。
「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」
夫・慶一郎は、そして私も「ぼくら二人のいじめられっ子のDNAを受け継いだ子どもなんて、この世の中で生き残れるはずがない」と言っているのだが、義母・マチコさんにしつこく言われ里美(あんず)は不妊治療に通う。ストーカー気質の夫は、妻の様子がおかしいと思い・・・。
「2035年のオーガズム」
斎藤くんに告白した松永七菜の父は東北へ単身赴任、母は更年期で体調不良、T大理科3類に受かった兄はカルト的団体に入ってしまう。そして、彼女は友達のあくつちゃんから、流出している斎藤くんのコスプレ+不倫写真を見せられる。
大雨で洪水となり七菜の家も危なくなる。ママは仁王立ちになって言う。「この家で絶対に死なせないわよ。パパが建てた家なのよ。優介と七菜を守るために、パパが死ぬ気で働いて建てたのよ」
「日本で次の皆既日食が観測できるのは、2035年」という声が聞こえてきた。2035年にあたしは・・・
「セイタカアワダチソウの空」
クラスで一番背の高い福田良太のあだなはセイタカだ。彼が生まれてすぐ、父親は借金を苦にして自殺した。良太は、貧乏人ばかりの団地に住み、朝新聞配達し、夜はコンビニでバイトして、家を出ていった母に代わり家計を支え、高校に通い、そして育ててくれたが今はぼけて徘徊する祖母の介護をする。
実質、コンビニを仕切る田岡さんは、良太に勉強を教え、なにかと親切にしてくれる。「なんだってこんなにぼくを助けてくれるんですか?」という質問に、田岡さんは言う。「おれは、本当にとんでもないやつだから、それ以外のところでは、とんでもなくいいやつにならないとだめなんだ」
「花粉・受粉」
斉藤くんの母親の助産院での出産のいくつかが語られる。多くの妊婦は「病院で生みたくない。自然に生みたい」という。自然に産む覚悟をすることは、自然淘汰されてしまう命の存在をを認めることだと思うのだが。
中学・高校時代は殺人以外の悪い事はひととおりやったという助産師のみっちゃんが、斎藤くんに関する悪質メールを見て、言う。「ばかな恋愛したことない人なんて、この世にいるんすかねー」
初出:昨年第8回R-18文学賞大賞受賞の「ミクマリ」に、「新潮ケータイ文庫」掲載の3篇+書き下ろしの1篇を加えた連作集。2010年7月新潮社より刊行。「本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第一位、2011年本屋大賞第2位、2011年山本周五郎賞受賞
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
この本の最初の「ミクマリ」を読み始めて、えげつないポルノ小説と思い、喰わず嫌いではなく、食べ過ぎ気味なので(?)、そのままツンドクしてしまった。読む本がなくなって、真ん中あたりを開いて斜めに読むと、「ウッん! これは?」と思い、最初から読み直した。新人らしからぬ文章の滑らかさ、筋運びの巧みさにスラスラと読み終えてしまった。
R-18文学賞受賞というと、私のように偏見のある者から女性のドロドロが一杯と色眼鏡で見られてしまいそうだが、もっと深い小説だ。冒頭のセックスシーンはない方がよいとさえ思った。
明るく楽しい話ではないし、感動ものでも、驚きが一杯でもない。しかし、バカなことやってしまって、傷つき、自分を持て余す者に寄り添う、いや、上から目線ではなく、ただ黙って横に並んで鎮まるのを待つような小説だと思った。そして、5編読み終えて、けして幸せな結末ではないが、遠くになにか明かりのようなものが見えるような気がして救われる。