塩野七生著『イタリアからの手紙』(新潮文庫し-12-9、1997年1月1日発行)を読んだ。
ドナウ河クルーズ中にあまりにも暇な時に、船の小さな図書館で見つけたこの本をベッドに寝転んで読んだ。帰ってから図書館で借りて、読み返し、思い出しながら、この駄文を書いている。
裏表紙にはこうある。
芳醇なるブドウ酒の地中海。死んでいく都、ヴェネツィア。生き馬の眼を抜くローマ。だましの天才はナポリ人。田園風景に、マフィア…。ここ、イタリアの風光は飽くまで美しく、その歴史はとりわけ奥が深く、人間は甚だ複雑微妙で、ぞくぞくするほど面白い。―壮大なライフ・ワーク『ローマ人の物語』へと至る遙かな足跡の一端を明かして、人生の豊かな味わいに誘う24のエセー。
1972年、著者35歳(多分)、歴史読物を書き始めていた塩野七生が歴史小説家として評価されはじめた時期に書かれ、出版されている。
好奇心旺盛で、失敗さえも楽しんでしまおうという茶目っ気も感じられる。ここでは悠然と大局的に歴史を見通す力よりも、若さ、元気良さが目立ち、皮肉屋の面も際立つ。
話好きで、しかも話が無類に面白い人が、しゃべりまくっているようなエッセイ集だ。ただし、小説風のものも数編ある。
「カイロから来た男」
・・・そのうえ、彼がカメラを持っていないことが、私の気に入った。この人は、写真をとって記念に残すことよりも、自分自身の眼で見る方をより大切にする人らしい、と感じたのだ。・・・そのホテルは、ローマでは最高級に属するホテルで、彼はそこに宿を取っている理由を、自分のやりたいことをするには、なるべく快適な環境でやりたい、といったからである。人間は、金を貯える時よりも、金を使う時のほうがより人間的になる、と常々私は思っている。
(何かと写真撮りまくり、高級ホテルに泊まるのを嫌がる私は?)
「骸骨寺」
ローマに修道士たちの大量の骸骨を整然と積み重ねた骸骨寺がある。著者はフランチェスコ派の後継者の狂信から生まれた無邪気さに不気味さを味わった。
「皇帝いぬまにネズミはびこる」
この夏、ローマはネズミと蚊の襲来にひどく悩まされた。・・・最後に下水道の大掃除をしたのはいつか、・・・調べてみると、・・・初代皇帝アウグストゥスの治世時代にやっただけなのだそうだ。
その後、ローマの下水道の大掃除の話はウヤムヤになってしまったのだろう。
「ナポリターノ」
著者はナポリで車を中の荷物ごと盗まれた(「ナポリと女と泥棒」)。ナポリターノとは、泥棒が多いとか勤勉でないとか、何とかいわれても、どうしても憎む気になれないナポリっ子のことだ。
ナポリから帰る時、7,8歳の男の子に駅への道を聞いた。その子は
「シニョリーナ、なんで発つの。ナポリはいいところだよ。おいしくて安いピッツァ屋を教えようか。ジェラート(アイスクリーム)はもう食べた? まだだったら、連れて行ってやるよ。こんなにいい天気なのにさ。発つって気がしれないなあ。もっと居るべきだよ」
「マフィア」
ギリシャの植民地として繁栄したシチリアはやがてローマ人、ベザンツ、ノルマンなどと次々に征服されたが、シチリア化した征服者によって島は繁栄を続けた。しかし、ガリバルディのイタリア統一後、富を吸い上げられ、シチリア人に国家への憎悪を生み、同郷人の団結を自覚させ、その土壌がマフィアを生んだ。ムッソリーニの強権支配で壊滅寸前になったマフィアが、FBIと結びつき、米軍上陸に協力する。戦後、開放された米国マフィア幹部によりイタリアのマフィアは巨大化し、政財界へ根を張った。
初出:1972年新潮社より単行本発刊
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
話は面白く、なにより塩野さん自身に興味を抱く。内容は「いかにもまだ若いな」と思わせるところもあり、逆に「いかにもあの塩野さんは若い頃も・・・」と思うところもある。
威勢の良い、いなせな若い塩野さんのエッセイ、読んで楽しいのだが、濃厚な歴史物に比べるとやはり軽い。エッセイなのについそう思ってしまう。
塩野七生(しおの・ななみ)
1937年7月、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、1963年~1968年、イタリアに遊学。
1968年「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。
1970年『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。
1982年『海の都の物語』でサントリー学芸賞、1983年、菊池寛賞受賞。
1992年よりローマ帝国興亡史・「ローマ人の物語」を年一作のペースで執筆。1993年新潮学芸賞、1999年、司馬遼太郎賞受賞。
2001年『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行。
2002年イタリア政府より国家功労勲章を授与。
2006年「ローマ人の物語」第XV巻で完結。
2007年文化功労者に選出。
2008-2009年『ローマ亡き後の地中海世界』。
2011年「十字軍物語」シリーズ全4冊が完結。
2013年『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を刊行。