伊坂幸太郎著『AX(アックス)』(2017年7月28日KADOKAWA発行)を読んだ。
殺し屋・兜を主人公とした、『AX』『BEE』『Crayon』『EXIT』『FINE』5編からなる連作短編集。
「兜」は超一流の殺し屋だが、家族は文具メーカーの平凡な営業マンだと信じている。戦えば無敵の「兜」も家では妻に頭が上がらない。常に妻の機嫌に気を付けていて、すぐ妻に追従する。口答えなぞんてとんでもない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。夜帰って来てからも妻を起こさないようにし、食べるものも音がしない魚肉ソーセージに限定している。
兜は克巳が生まれた頃からこの仕事を辞めたいと思っていたが、仲介役の医師はなかなか辞めさせてくれない。そして、次々危険が迫る。
兜:名前は「三宅」で、40代半ば。驚異的身体能力で同業者も圧倒する超一流の殺し屋だが、常に妻にビクビクしている恐妻家。普段は文具メーカーのベテラン営業社員。他人の感情をくみ取ることが苦手。
妻:兜の妻で共働き。夜遅く帰宅した兜の物音で目が覚めてしまった妻が、翌朝「うるさくて、まるで眠れなかった」とついた溜め息が積もって、床が見えなくなり、兜は息が苦しくなる。
克巳:兜の一人息子。第一話では大学受験を控えた高校生。危機に陥った父を助け家庭の平和を守る。
医師:診療所の医師で兜の裏稼業仲介役。兜を辞めさせない。「手術」は殺人依頼。「悪性」は殺人対象が同業者
松田:兜がボルダリングで知り合った唯一といえる友人。恐妻家。娘が克巳と同じクラス。
奈野村:百貨店に配置されていう警備会社社員。
同業者の殺し屋:機関車トーマスを溺愛する「檸檬」、仕事仲間の「蜜柑」、E2事件で死んだという「スズメバチ」、「DIY」がちょこっと登場する。その他、「蝉」「槿(むくげ)」「天道虫」など。
茉優(まゆ):克巳の妻
大輝:克巳の長男、3歳
初出:「AX」「小説 野生時代」2012年1月号、「BEE」『ほっこりミステリー』宝島文庫、「Crayon」
「小説 野生時代」2014年2月号、「EXIT」と「FINE」は書き下ろし
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
殺し屋が主人公で、殺し合いの場面もでてくるが、絵空事にようで、生々しさ、残酷さは感じられない。それどころか、殺しの腕前は抜群なのに、稼業に迷いが出ていて、妻にはビクビクする兜がユーモラスだ。なにより「いかに妻を不機嫌にさせないか」を常に最優先とする兜の妻えの対応に思い当たることがあり、ほほえましい。
メモ
妻と恐妻家の兜のやりとりが面白い
厳しい裏稼業をこなして深夜に帰宅し、眠くてぼんやり妻の話を聞いていたら、「あなた、聞く気がないんだったら、聞かなくていいよ」をむくられた。以来、少々やり過ぎだと思うほどに大きなジャスチャー、派手な相槌をうつようにしている。
一緒に暮らし始め、とりわけ克巳が生まれて以降、妻が抱える苛立ちや不満の大半は、「自分の大変さをあなたは正しく理解していない」ということに還元できる。と兜は分析していた。
「どうして怒ってるのか?」と訊ね、「別に怒っていない」と答えがある場合は、基本的に「怒っている」
「蟷螂の斧(とうろうのおの)」
カマキリが大きな車に向かってきた故事(荘子)。はかない抵抗のたとえ。
自分の罪に慄く(おののく)