生来の本好きである。もっとも難しい本は読まず、もっぱらエンタテインメント小説を好む。心の負担なく気軽に読めるミステリーもお勧めだが、ここでは若い人に人気が無いのではと思われる時代小説をお勧めしよう。
歳と共に好きな本の分野は変化していく。小説に限っても、若い頃は先端的な小難しい小説を好んだ。といっても私は革新的とか、難解とかの評判の小説を買って、ほぼこれ見よがしに持って歩くだけだったが。
仕事に追われる中年になると、楽に読めてくつろげるエンタテインメント小説しか読まなくなる。私は子供の頃から漫画を馬鹿にする癖があって、そこまでは落ちたくない(?)と小説にこだわった。時代のせいもあるが、ゲームにも凝ることはなかった。
引退して家事など生活が身近になると、本好きの相方の影響もあって、女性作家による日常の生活に根差した、あるいは微妙な感情のやりとりのある小説なども読むようになった。
そして、若い時から一貫して好きで、山谷はあっても常に読んでいた小説が時代小説なのだ。
時代小説というと、のさばる悪漢を正義の味方が退治するという勧善懲悪物を思い出す人も多いだろう。水戸黄門など毎回同じ筋書きのTV番組を、だらりと見ている中高年の男性をイメージして嫌悪する女性も多いだろう。しかし、小説の世界はもっと深い。どう違うのかは、まず良質の時代小説を読んでみてから判断して欲しい。
まず推薦したいのはおなじみの藤沢周平だ。彼の小説には名の知られた英雄は登場しない。下級藩士や次男坊、浪人、あるいは、市井の人では無法者、身を売る女、悪に誘われる職人などが主人公となる。これら下積みの疎外された者に光を当て、その哀歓、人情の機微を温かいまなざしで描く。登場する女性は常に美人で、ひたむきに相手を愛し、男性にとって現実がむなしくなる程の理想像だ。まあ、この辺りは彼の限界ではある。
中でも一番のお勧めは「蝉しぐれ」だが、「たそがれ清兵衛」「時雨のあと」などどれを読んでもご満足いただけると思う。エンタテイメントでありながら、格調高さを失わない。高橋源一郎はからかい半分に“伝統芸”と言ったが、私には褒め言葉に聞こえる。
気に入った作家の作品を読み進めていくと、どんどん読む本がなくなってしまうので、若い作家にも手を伸ばすことにしている。とくに女性には高田郁(かおる)を勧めたい。時代小説と言えば、捕物や剣豪がおなじみだが、料理で人を幸せにする話を書きたいと始めたのが「みをつくし料理帖」シリーズ十巻だ。
大阪の店で腕を磨いた少女・澪(みお)が江戸の小さな蕎麦屋「つる家」で新しい種々の料理を考案し、江戸で評判の店に成長させる話だ。泣き虫の少女が周囲に助けられ、天才的料理人に成長していく。
漫画原作者だった著者の登場させる人物はキャラが立っていて掛け合い会話も面白い。
著者を非効率の人と評した解説者がいた。時代考証のため図書館に何日もこもり、話に出てくる創作料理で部屋を一杯にする。三週間、朝昼晩キュウリの試作品を食べ続け、すっかり痩せたこともあるという。こんな作者の渾身の作を読んで幸せにひたろう。
参考までに
高田郁(たかだ・かおる)
1959年、兵庫県宝塚市生れ。中央大学法学部卒。
1993年、川富士立夏の名前で漫画原作者としてデビュー。高田郁は本名。
2006年、短編「志乃の桜」
2007年、短編「出世花」(『出世花 新版』、『出世花 蓮花の契り』)
2009年~2010年、『みをつくし料理帖』シリーズ『第1弾「八朔の雪」、第2弾「花散らしの雨」、第3弾「想い雲」』
2010年『 第4弾「今朝の春」』
2011年『 第5弾「小夜しぐれ」』
『 第6弾「心星ひとつ」』
2012年『 第7弾「夏天の虹」』
『みをつくし献立帖』
2013年『 第8弾「残月」』
2014年『第9弾「美雪晴れ』『第10弾「天の梯」』
2016年『あきない世傳 金と銀 源流篇』、『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』、『あきない世傳 金と銀 三 奔流篇』
2019年『花だより みをつくし料理帖 特別巻』
その他、『 ふるさと銀河線 軌道春秋』『銀二貫』『あい 永遠に在り』
エッセイ、『晴れときどき涙雨』