hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

武蔵野八幡宮へ

2023年02月11日 | 散歩

 

一月上旬は混雑するだろうと避けていた武蔵野八幡宮へ1月中旬にお参りした。

武蔵野八幡宮は、四代徳川家綱の頃の小石川水道橋外吉祥寺火事の後、現在の地に移住させられて以来、吉祥寺村村民の氏神様として尊崇されてきた。
御祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと)=応神天皇、比賣大神(ひめかみ)、大帯比賣命(おおたらしひめのみこと)。境内には一人二人の人影しか見えない。

 

入ってすぐ左に「神田上水 井之頭弁財天への道標」がある。

 

案内板。五日市街道から井之頭弁財天(井の頭公園)への道しるべで、1785年に建てられた。

五日市街道は昔からの街道だが、ほぼこれと平行する井の頭通りは、境浄水場から和田掘給水場までの間の水道管敷設用地を道路へ転用したものだ。したがって、大半の区間が直線的な道路で、周辺より少しだけ高くなっているところが多い。私は代々木上原駅近くで育ったが、子供の頃、この通りを水道道路と呼んでいた。後に東京都により「井ノ頭通り」の通称が制定されたらしい。

 

 

右手に神輿蔵があり神輿が見える。

同じ右手にウドの案内板がある。

旧武州多摩郡吉祥寺村は江戸への野菜や供給地だった。中でもウドは盛んに生産された。昭和に入り地下で作られる「穴蔵軟化法」により特産吉祥寺ウドは「東京ウド」として全国に知られたとある(本当?)。

地元出身のあるお方によれば、小学校では、左に吉祥寺、右にウドとあれば、両者を結ぶのが正解だったそうだ。都区内出身でCity Boyの私はそんなこと知らなかったが、八王子といえば、織物と線を結んでいた。

 

 

右手奥には陸軍大臣伯爵寺内正毅(まさたか)(元帥陸軍大臣寺内寿一の父)書による、字が読めないが、戦没者記念碑?

 

1月も中旬過ぎれば人っ子一人いない本殿。秋祭りまでずーっとこんな様子なので、大丈夫なの?

本殿左手の社務所でおみくじを引いたら、大吉だった。

コメント
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