かぶれの世界(新)

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野洲、高校サッカーに革命を起こす

2006-01-12 22:47:56 | スポーツ

全国サッカー選手権で初優勝した滋賀の野洲高校が、新時代の高校サッカーを体現したと絶賛されている。最近つまらなくて全く見ることの無かった高校サッカーだったのに、決勝戦は途中から見始めたら目が離せなくなった。今までの高校サッカーのイメージとはかけ離れた異次元レベルのゲームだった。

このゲームは注目され多くの論評があり、私も興味を持って読んでみた。総合すると、野洲高校はレスリング部出身の監督の下、国見高校等が勝ち続けてきたフィジカルの強さを優先する練習はやらず、全てボールを使った個人技を優先した練習をやり、新人戦やインターハイの予選すら勝てなかったチームが信念を曲げず、華麗な個人技を駆使してついに頂点に立った、というところだろう。特に素晴らしい個人技に触れた記事が際立って多かった。

たった1試合見ただけの私があれこれ言うのも憚られるが、各社の無条件の礼賛では触れられてない大事なことがあると思う。私が強く印象付けられたのは野洲高校の選手の「判断の早さ」だった。彼等のダイレクトパスはしばしば意表をつくように見えたのは、個人技の確かさに裏付けられていたけれども瞬時の状況判断があったからである。

サッカーは「心・技・体」と「状況判断の速度」プラス「チーム戦略」の五つの要素がバランスよく発揮された時、勝つ確率が最も高くなる。私が調べた記事には、必ずしも(個人)技だけでなく「心・技・体」と「チーム戦略」についての論評があったが、「判断速度」については誰も触れてなかった。

ダイレクトパスが連続すると個人の身体能力を超えた速さがチームとして生まれ、どんなに押し込まれていても自陣から一気に相手ゴールに迫る事が出来る。野洲の攻めには個人技に裏付けられた「判断速度」が攻撃の速さを生んだ。「判断速度」は中田や中村等一握りの天才だけのものでないことを示した野洲高校サッカーを、私は革命と呼びたい。指導者次第で選手は育つ、しかも日本サッカーの将来像を示したことを、サッカー協会は高く評価したはずである。

欧州に行った日本人選手が苦労している典型的なパターンとして、個人技は優れていてもこの「状況判断の速度」が遅く一瞬のチャンスを逃しているのを良く見かける。その点最も優れているのがプレミア・リーグのチェルシーではないかと思う。個々の選手の個人能力は勿論ワールドクラスだが、チームとしての攻撃や守備の意思決定速度が非常に速く一体感があり、出入りはあっても最後に相手を上回る。

私が生きているうちにチェルシーのようなチームが日本に生まれる事は無いだろうと今まで悲観的に思っていたが、これならいつか日本でもワールドクラスのサッカーが見られるかもしれない。■

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