キャー!と聞き慣れない鋭い声が家中に響いた。久しぶりに帰郷した家内と高知を旅行し、夕方実家に戻り落ち着いたところだった。客室の押入を調べ夜具を準備していたら、ヤモリが出てきて彼女はパニックになった。私に何とかしろという。
私は「気にするな、ヤモリは友達みたいなもんだ」と言ったが彼女は聞かない。階下の物置に行って子供達が小さかった頃買ってやった昆虫採集用の網を探したが無かった。2階に上がり害はないから我慢できないかと言うと、それじゃ火箸でつまみ出せとカナキリ声で吠えた。
他にも方法を考えたが私も手でつまみ出すのは嫌だった。焚き火用の火箸を見つけて再度2階の押入に様子を見に行くと、いなくなったという。それではと押入の中を隅から隅と火箸で叩くと、ボトッと音がして再度家内の悲鳴が聞えた。天井からヤモリが落ちたようだ。
素早い動きのヤモリを何とか火箸で挟むと、ヤモリは口を一杯に広げて火箸に噛み付いている。チビでも爬虫類だからチョット怖い。ふと目があった。「話が違うじゃないか、今まで文句言わなかったのに、今頃になって何で追い出そうとするんだ」とヤモリは怒っている様に感じた。
そんなことを言われても、どうしようもない。窓を開けて屋根瓦に放り出したが、彼は逃げないで私を見ていた。やっぱり文句言ってるように感じた。家内は、「何でヤモリが家の中に這入ったの」と私に詰め寄り、夜寝てる間に又這入って来るかもしれないと心配でしょうがない。
普段は網戸を閉めるが、フトンを干す時は窓を全開するのでその時這入ったのだろう、今夜はもう這入らないよと説明してやっと納得してくれた。翌朝目が覚め階下に下りると、彼女はもう起きていた。その後大きな蜘蛛がいたらしいが、蜘蛛は大丈夫なのだという。基準が良く分からない。
朝食後、大急ぎでお墓参りし母を見舞いに行き、空港まで彼女を連れて行った。手の甲や腕に掻いた痕が赤くなっていた。彼女は手の甲を掻きながら、多分フトンに棲みついたダニかなんかだろうと言い、ヤモリ騒ぎを持ち出さなかった。
ヤモリはそう見かけ悪くないし、虫を食べてくれる。吸盤のついた指の動きなんかユーモラスで可愛い。昔からヤモリの住む家は悪いことが起こらないとか、お金が溜まるとか言い伝えがある。少し残念なのは、私の「孤独の境地」を支える友人が一つ去っていったことだ。■