・雲海仮説はもう止め
仮説を立てて雲海を予測するには力不足だと思い知らされたが、少なくともここ大洲盆地の雲海は盆地を取り囲む全ての山と川から生まれると理解した。太平洋とか日本海ではない。最初私は海を越えて陸地にもたらす雨と同じ仕組みで雲海が出来ると勘違いしていた。
だが、雨が降った日に山々に溜まった水分が蒸発して雲海が出来、晴天が続くと乾燥して山の水分がなくなり雲海が出来ないという単純なロジックだったようだ。つまり深夜に少し雨が降ると朝雲海が出来るが1日で山の水分は使い切り翌日は雲海は出来ない、大雨だと数日雲海が続くようだ。
子供の頃の記憶では、秋が深まり雲海が出始め、冬になると毎日のように雲海が出た、何故そうなるか分からない。でも、もう仮説を立てて毎日気象現象を追うのはやめようと思う。
・柿のメチャ食いはもう無理
毎年この時期になると庭になった柿や、ご近所で頂いた柿を毎日たらふく食べた。数年前までは毎日10個くらい無茶食いした記憶がある。だが、今年はそれ程でもない、せいぜい3‐4個程度だ。このペースだと庭の柿の木になっている柿の半分は鳥の餌になりそうだ。
それではちょっと困る。というのは庭師さんから電話があり今日庭の手入れをすることになった。予定していた来週初めは天候が悪くなりそうなので、今日に変更したいとの連絡があり了解した。柿の実がついたままでは枝を落とせない、適当にやって貰うしかない。
・西日本豪雨の後遺症はまだ治療中
3年前の豪雨対策工事がまだ続いている。肱川と合流する手前の矢落川の右岸から越流し、大洲盆地の真ん中を横切る国道56号線沿いの新興商店街が軒並み冠水し大きな被害が発生した。この夏に被災者の為の住宅が完成し、今まで緊急避難用の仮設住宅から引っ越しが終わったと報じられた。
だが、越流地点にJR鉄橋が走りそのすぐ横に五郎駅がある為、簡単に堤防のかさ上げしようにも橋が低くて不可能だった。この3年間は鉄橋の高さまで約1mだけ堤防を高くして緊急対応してただけ。昨日合流地点辺りを歩くと鉄橋のレールを高くする工事の準備を開始してた。
作業員に聞くと橋桁を1-2m高くするというが詳しい工法までは聞けなかった。橋の直ぐ先に五郎駅のプラットフォームが伸びており、そこまで工事の範囲が及ぶのは必須で大変そうだ。だが、橋に手を付けない限り根本対策できない。ここまでやるとは期待してなかった。
・冠水した地域に引っ越してきた人の心
私は10日後に帰京し、来年春にここ実家に戻る予定だ。その時迄には西日本豪雨水害の根本対策が終わっていると期待する。市内をあちこち歩いて驚いたのは、西日本豪雨で冠水した地域に多くの住宅が新築され、今も工事中の住宅が沢山あることだ。
先日散歩中にこの冠水地域の新築住宅に引っ越してきた婦人に出会い話す機会があった。不動産屋は60センチ冠水したと告げたが承知の上で家を建てたという。だが、彼女は時折不安そうな表情をして話した。何故そんな決断をしたのだろう。
分かれる前に「何かあったら助けてくれ」と言われたが、幾ら美人の頼みでも出来ないことは出来ないと答えるしかなかった。彼女は越流が起こった堤防の補強は知らなかった。根本対策が完成したら何十年に一度の大雨程度では大丈夫、何百年に一度なら分からないが。■
仮説を立てて雲海を予測するには力不足だと思い知らされたが、少なくともここ大洲盆地の雲海は盆地を取り囲む全ての山と川から生まれると理解した。太平洋とか日本海ではない。最初私は海を越えて陸地にもたらす雨と同じ仕組みで雲海が出来ると勘違いしていた。
だが、雨が降った日に山々に溜まった水分が蒸発して雲海が出来、晴天が続くと乾燥して山の水分がなくなり雲海が出来ないという単純なロジックだったようだ。つまり深夜に少し雨が降ると朝雲海が出来るが1日で山の水分は使い切り翌日は雲海は出来ない、大雨だと数日雲海が続くようだ。
子供の頃の記憶では、秋が深まり雲海が出始め、冬になると毎日のように雲海が出た、何故そうなるか分からない。でも、もう仮説を立てて毎日気象現象を追うのはやめようと思う。
・柿のメチャ食いはもう無理
毎年この時期になると庭になった柿や、ご近所で頂いた柿を毎日たらふく食べた。数年前までは毎日10個くらい無茶食いした記憶がある。だが、今年はそれ程でもない、せいぜい3‐4個程度だ。このペースだと庭の柿の木になっている柿の半分は鳥の餌になりそうだ。
それではちょっと困る。というのは庭師さんから電話があり今日庭の手入れをすることになった。予定していた来週初めは天候が悪くなりそうなので、今日に変更したいとの連絡があり了解した。柿の実がついたままでは枝を落とせない、適当にやって貰うしかない。
・西日本豪雨の後遺症はまだ治療中
3年前の豪雨対策工事がまだ続いている。肱川と合流する手前の矢落川の右岸から越流し、大洲盆地の真ん中を横切る国道56号線沿いの新興商店街が軒並み冠水し大きな被害が発生した。この夏に被災者の為の住宅が完成し、今まで緊急避難用の仮設住宅から引っ越しが終わったと報じられた。
だが、越流地点にJR鉄橋が走りそのすぐ横に五郎駅がある為、簡単に堤防のかさ上げしようにも橋が低くて不可能だった。この3年間は鉄橋の高さまで約1mだけ堤防を高くして緊急対応してただけ。昨日合流地点辺りを歩くと鉄橋のレールを高くする工事の準備を開始してた。
作業員に聞くと橋桁を1-2m高くするというが詳しい工法までは聞けなかった。橋の直ぐ先に五郎駅のプラットフォームが伸びており、そこまで工事の範囲が及ぶのは必須で大変そうだ。だが、橋に手を付けない限り根本対策できない。ここまでやるとは期待してなかった。
・冠水した地域に引っ越してきた人の心
私は10日後に帰京し、来年春にここ実家に戻る予定だ。その時迄には西日本豪雨水害の根本対策が終わっていると期待する。市内をあちこち歩いて驚いたのは、西日本豪雨で冠水した地域に多くの住宅が新築され、今も工事中の住宅が沢山あることだ。
先日散歩中にこの冠水地域の新築住宅に引っ越してきた婦人に出会い話す機会があった。不動産屋は60センチ冠水したと告げたが承知の上で家を建てたという。だが、彼女は時折不安そうな表情をして話した。何故そんな決断をしたのだろう。
分かれる前に「何かあったら助けてくれ」と言われたが、幾ら美人の頼みでも出来ないことは出来ないと答えるしかなかった。彼女は越流が起こった堤防の補強は知らなかった。根本対策が完成したら何十年に一度の大雨程度では大丈夫、何百年に一度なら分からないが。■