今ではかなり知られていると行っても良い「クトゥルフ神話」ですが、つい最近までは知る人ぞ知るという位置づけでした。そもそもが海外のホラー小説ジャンルでマイナーメジャーな存在ですから仕方がありません。むしろ、今の在り方の方が異常かもしれません。
『幻想と怪奇~黒魔術特集』 編:紀田順一郎(1973)
日本で最初の幻想文学の専門誌。
アレイスター・クロウリーやマダム・ブラヴァツキーなどの魔道士が記した作品に交じって、ラヴクラフトによるクトゥルフ神話、失踪したランドルフ・カーターの後日談である『銀の鍵の門を超えて』が収録されています。
『ラブクラフト全集』 訳:大西尹明(1974)
幻想と怪奇の作家ラヴクラフトの綴る傑作「インスマウスの影」を始め、「闇に囁くもの」、「壁のなかの鼠」「死体安置所にて」の4篇を収録。
これまで散発にしか紹介してこられなかったラブクラフト作品を、怪奇小説ファン必読の書として全集が刊行されました。
『クトゥルー 闇の黙示録』 訳:大滝啓裕(1980)
「破風の窓」「無人の家で発見された手記」「臨終の看護」「ハスターの帰還」「石像の恐怖」「アロンソ・タイパーの日記」「ルルイエの印」の7篇に加え、資料編として「神々の系譜・魔道書目録」を収録。
こちらは青心社によるハードカバー版。ラヴクラフト以外にもダーレスやリン・カーターなどの神話およびその研究を手広く収録。後に創元推理文庫版も担当することになる大滝訳です。
このあたりまでは、本当にマニアックなホラー小説好きくらいが知っている存在でした。
『邪神惑星一九九七年』 風見潤(1980)
超巨大複合企業ホリスター・エンタープライズは、世界中から超能力を持つ7組の双子を呼び集められた。ホリスター会長は、この子供たちこそが活動を再開し始めたクトゥルーら邪神に対抗する切り札になると予知したのだ……。
スペースオペラとクトゥルフ神話を融合させたクトゥルーオペラの第一作。地球の隅々から宇宙の彼方まで大冒険が繰り広げられます。
『魔界水滸伝』 栗本薫(1981)
夜ごとの奇妙な悪夢をきっかけに人として生きてきた者の中から古来より神州日本の先住者の末裔が覚醒し始める。クトゥルーの邪神による侵略から地球を守るべく、妖怪や神としての覚醒を促されたのだ……。
「水滸伝」をベースに、クトゥルフ神話の邪神と日本古来の神々や妖怪が戦う宇宙規模のBL小説。まだ知名度の低かったラブクラフトの生涯について思いっきりフカしてます。
『真ク・リトル・リトル神話大系』 訳:黒魔団(1982)
国書刊行会から出版されたクトゥルフ神話アンソロジー集。邪神の名前はそもそも人間には発音できないということで、初期は呼び名がいろいろぶれてます。でも、これはさすがに高くて、書店で手に取っただけで買ってません。マニアじゃないんで。
『世界の怪獣大百科』 編:竹内義和(1982)
今は無きケイブン社の大百科シリーズの1冊で、マニアックなことにかけてはシリーズ屈指。神話・伝説、特撮映画、アニメ、小説に登場するものから“実在するとその手の本で言われている”ものまで500体。その中にクトゥルフ神話からも何柱か登場。
クトゥルフの神々はまだマイナーもマイナーだったので、イラストが作品中の描写とぜんぜん違うだろ!というツッコミが多数。これについて、何も教えられないままでイラスト受注したんだよ!とかいう当時の話もツィッターでかわされていましたね。
『妖神グルメ』 菊池秀行(1984)
妖神クトゥルーは海底都市ルルイエで復活の時を待っているが、それは可能な限り先延ばしにしたい。そこで その狂気の飢えを満たすべく、若き天才イカモノ料理人である高校生、内原富手夫が選ばれた。彼は残飯にたかる蠅から未知の肉までなんでも使って至高の料理を提供する……。
菊池秀行の初クトゥルフ神話もので、邪神vs天才料理人のゲテモノ料理アクションもの。コメディと評する人もいるけど、そんなに笑えるタイプの話じゃないです。
『戦え!イクサー1』 原作:阿乱霊(1985)
宇宙の深淵の果てより来訪したクトゥルフによる地球侵攻が始まった。人間に寄生するクトゥルフの尖兵に気づき、立ち向かえるのは謎の戦士イクサー1のみ。イクサー1は、巨大ロボ・イクサーロボとシンクロできる、パートナーとしての資質を持つ女子高生、加納渚を陰から見守っていたが、クトゥルフの侵略は彼女の家族にまで迫っていた……。
クトゥルフっていうのは宇宙から来た侵略者なんだよーとホラーテイストのロボットアニメにしてしまった作品。
『クトゥルフの呼び声TRPG』 サンディ・ピーターセン(1986)
ケイオシアム社が1981年にラヴクラフト的恐怖をテーブルトークRPGの世界で再現しようとしたホラーゲームの日本語版。
ゲーム業界に与えた影響は大きく、後述する『ネットゲーム'88』もモチーフの1つに日本オリジナルのサプリメントである「黄昏の天使」のシナリオが流用されていたりします。
『ネットゲーム'88』 遊演体(1988)
根の国の死女王の復活を画策する鱗在衆という一団があり、これを阻止しようとする壮闘衆との戦いが我々の知らないところで繰り広げられていた。だが、死女王の目覚めを前にどちらも裏切りや計算ミスによって壊滅状態になってしまう……。
遊演体が新たなホビーの形を模索して運営した期間限定のライブ・パフォーマンス・ゲーム。パソコン通信どころかファクシミリもまだ高嶺の花で、ほとんどのやりとりが郵便と電話でおこなわれた時代に1年がかりでおこなわれた大規模RPGです。
『邪神伝説~ラミア』 矢野健太郎(1988)
異世界ゾシークの魔導師ラミアはさらなる知識を求め、禁忌を破ってアザトートの元に至ろうとするが、自らの器を超える知識と真理の前に消滅の危機を迎え、日本人の立川順の肉体に憑依することになるのだが……。
『月刊コミックNORA』に不定期連載されていた、ダーレス神話ベースの怪奇アクションマンガ。
『クトゥルフ・ハンドブック』 山本弘(1988)
1986年にTRPG版『クトゥルフの呼び声』が発売されたのをきっかけに、日本のプレイヤーには馴染みのないクトゥルフ神話について紹介するハンドブック。
ゲームのシステムやリプレイ、付属シナリオなどに加え、小説の主な舞台となった20年代アメリカの歴史や文化、神話に登場する神々や眷属の紹介など、TRPGに限らずクトゥルフ神話全体の入門書となっている。
このあたりから、ホラーマニア以外にもゲームやコミックを経由してクトゥルフ神話の名前が広まっていきます。
『邪神ハンター』 出海まこと(1998)
七森サーラは格闘バカの14歳。謎の美中年ラビ・ラスの導きによりカバラ神拳を身につけ、邪神復活を画策するダゴン秘密教団へと潜入するのだが……。
『攻殻機動隊』や『アップルシード』などのSFアクションで人気のマンガ家士郎正宗のイラストありきで書籍化されたような作品。クトゥルフ・ポルノと評すべき1冊。
『邪神帝国』 朝松健(1999)
ナチスドイツは戦前からオカルトとの関係が深かった。その力を手に入れようとする先にたとえ邪神がいようとも、それすら克服できると信じていたのだ……。
ナチスの興亡をクトゥルフ神話絡みで解釈し、構成した短編集。クトゥルフ神話のアンソロジー編纂者としても知られる、怪奇・伝奇作家の朝松健の作品から1作。本当なら『逆宇宙ハンターズ』を挙げるべきだったかもしれません。
『斬魔大聖デモンベイン』 ニトロプラス(2003)
科学と魔導技術によって繁栄しているアーカムシティに住む私立探偵・大十字九郎は、魔導書の精霊アル・アジフと契約し超常の力を手に入れるが、同時に街を実質的に支配する覇道財閥の所有する巨大ロボット・デモンベインに乗り込み、秘密結社ブラックロッジと戦う……。
クトゥルー神話を題材にしたモンスターを敵として、巨大ロボットや変身ヒーローが戦う、荒唐無稽スーパーロボット18禁PCゲーム。後にアニメ化、ノベライズされた作品。
『クトゥルー神話ダークナビゲーション』 編:森瀬繚(2006)
1980年代以降、ライトノベルやコミック、ゲームにおいてクトゥルフ神話を題材にした作品が急増。ライトユーザーのために神話の全体像を年表や事典からインタビュー、内田弘樹のクトゥルーVS自衛隊の仮想戦記まで詰め込んだ福袋付き入門書。
今までなら(イロモノとして)幻想文学とかホラー文学の文脈では無視されてきたジャンルまで網羅した意欲作。
このあたりまでに、SFやファンタジー、ホラーなどにクトゥルフ神話の神々を登場させる、または連想させる何物かを登場させる作品はかなりの数となっていました。これを一般的に普及させたのは、ニャル子さんかもしれません。
『這いよれ!!ニャル子さん』 逢空万太(2009)
宇宙からニャルラトテップだと名乗る美少女がやって来た。クトゥルフ神話の話と様子が違うけれど、あれは地球のサブカルチャーに関心を持ってやって来た宇宙人たちが、アメリカの作家ラブクラフトにあることないこと吹き込んだ結果なのだという。邪神だ旧神とかいってるけど、あれ、みんな宇宙からの来訪者なのだ……。
クトゥルフ神話+萌の先駆け的作品。これ以前にも“かわいいクトちゃん”的なものはいくつかあったけれど、大々的に作品として前面に出してきたのはこれを以て嚆矢とする……ってか?
『魔海少女ルルイエ・ルル』 羽沢向一(2010)
ある朝突然バスタブの中から姿を現した美少女は、ステッキを高らかに掲げてこう宣言した。
「魔法の天使ルルイエ・ルル、華麗にデビュー! 地球の未来はルルにおまかせよっ」
地球の旧支配者クトゥルフの貧乳娘が巻き起こす阿鼻叫喚の地上偵察。これに対抗するのはやはり旧支配者、風の神ハストゥールの爆乳娘だった!
ニャル子さんの系統の「神々は名状しがたき悍ましい姿とかいったけど、あれはウソだ。本当は美少女なのだ」という路線の、本番有りのホラー・エロ・コメディ。
『うちのメイドは不定形』 静川龍宗&森瀬繚(2011)
一人暮らしの高校生の家に南極から宅配便で届けられたのは、緑の髪のメイドさん。永久凍土の下で1億5000万年ほど眠っていた、不死の不定形生物だった……。
単なる萌え話でもなく、クトゥルフ神話のパロディでもないところが怖い作品。ちゃんとクトゥルフ神話の大系に組み込めてしまうのに、押しかけ居候の萌え小説で、学園バトルで、それでいて普通に読んで面白いんだから、こいつぁなかなかの強敵だ。
『萌え絵で巡る! クトゥルー世界の歩き方』 クトゥルー神話事典制作委員会(2011)
アーカムやインスマスといったホットスポットや、『ネクロノミコン』や『エイボンの書』など禁断の書物を豊富なイラストと共に解説していくもので、軟派な装丁に反して中身は硬派。単なる既刊書の受け売りとか転載ではなく、真っ当に資料にあたり、原書や書簡にまで遡って俗説を否定していく力作。
これも執筆陣に森瀬繚の名前がありますが、彼はラブクラフトの聖地巡礼で現地取材までするマニアな人なので、中身の充実ぶりは保証付きです。
『クトゥルフ神話への招待』 J.W..キャンベルJr.他(2012)
映画「遊星からの物体X」の再々映画化や映画「エイリアン」の前日譚的な「プロメテウス」の公開に合わせて、キャンベルJr.の「遊星からの物体X」を新訳で、クトゥルフ神話の代表作とも言うべきラブクラフトの「クトゥルフの呼び声」、そして邦訳の少ないラムジー・キャンベルのブリチェスターの街を舞台にした作品を中心に5作収録した中短編集。
クトゥルフ神話というか、コズミックホラーへの入門編として、けっこうお薦め。
『未完少女ラヴクラフト』 黒史郎(2013)
本好きなだけの美少年カンナ・セリオは、気がつけば赤黒い空の下の見知らぬ森の中にいた。彼は<時を穿つもの カーナツェリオン>を召喚しようという怪しい教団の、滑舌の悪い信徒たちに誤召喚されてしまったのだ……。
作家と研究者の街として実在してしまったマサチューセッツ州アーカムの街から始まるオカルトホラーな冒険譚。なぞの美少女作家ラヴクラフトとは?
そして気がつけば、クトゥルフ神話はあたりまえになっていました。
さまざまな創作物で、あたかもゼウス神とか如来菩薩やら天照大神と並んで、ナイアーラトテップやらショゴスとかがあたりまえのように登場するようになりますが、転生を司るのが親切な神様とか仕事に身の入らない新人神に加えて無貌の神とかが出てくるとイヤな感じになりますね。
『鍋で殴る異世界転生』 しげ・フォン・ニーダーサイタマ(2022)
16歳にして交通事故であっさり死んでしまった高校生、葛城来人は異世界に転生することとなった。それくらいの徳は積んでいたらしい。それも、あとくされないよう「もうすぐ死んじゃう、死んでも惜しくない人間」に憑依する形の転生になったのだが、気がついたら鍋1つ手にしただけの状態で矢が降りしきる戦場のど真ん中にいた……。
無貌の神とか導入部のトリックスターとして便利ですよね。
『化け物になろうオンライン』 蒼井茜(2023)
ゲテモノ食いと底なしの大食いで有名なフリーライターの伊皿木刹那は、いろいろ属性を詰め込んだモンスターになるVRゲーム『化け物になろうオンライン』にエントリー。人でもバケモノでもなんでも食い尽くす勢いで暴れ回る……。
リアルの知人にナイ神父という人がいて……という、みんながドン引くようなモンスターキャラだけれど、実はリアルの方がもっと常識外れで、最後は虚構と現実どころか宇宙の壁さえぶち破る暴食さんの物語。
『社畜剣聖、配信者になる』 熊乃げん骨(2024)
ダンジョンが出現し、その攻略の様子がネット配信される娯楽となっている現代日本。安月給でダンジョン攻略の過酷なノルマに追われていた田中は、ひゃんなことからブラック企業から抜け出し、フリーのダンジョン配信者として有名になっていくが、そんな彼を視聴者たちは社畜の剣聖、シャチケンと呼んで応援するようになっていく……。
大迷宮の下層に奉仕種族ショゴスとか、ディープワンとかクトゥルフとかが登場してはシャチケンに蹂躙されていきます。