作・唐沢俊一 画・唐沢なをき 1995年 ぶんか社
唐沢なをきの続きで。サブタイトルは「原子水母(げんしくらげ)2」。
「原子水母」は今も文庫で持ってるんだけど、こっちは実は以前に持ってて、何回目かの引越のときに手放した記憶がある。
んで、今回、きのうの「電脳なをさん」見つけたときに、隣にあったんで、つい買ってしまった。
なかみは、「原子水母」同様、「あああ、この○○が、○○で! ほんほん!」という、しょーもないネタの連続(作者自ら「下品マンガ」と言っている)だけど、そのリズム感がキライぢゃなかったりするんで。
あと、ちょっとエキセントリックな人物たちの逸話については、唐沢俊一がほかのエッセイとかで、同じネタについて書いてたりすんだけど、そのなかでレディースコミックの読者体験投稿のなかにあった「あす私は遊びにいくかしら」という、ちょっと壊れた感じの話が、この単行本のなかにマンガ化されてるのを、今回は特にどうしても読み返したくなって、古本として買い戻すという行為にでてしまった。
よく、物を捨てるときとかに、「(捨てても)本当に必要なものは、やがて形をかえて再び現れる(だから思い切って捨てなさい?)」という言葉を信じて処分したりするんだが、はてさて、同じ本をまた買うというのも、そういうものなんだろうかね。
唐沢なをきの続きで。サブタイトルは「原子水母(げんしくらげ)2」。
「原子水母」は今も文庫で持ってるんだけど、こっちは実は以前に持ってて、何回目かの引越のときに手放した記憶がある。
んで、今回、きのうの「電脳なをさん」見つけたときに、隣にあったんで、つい買ってしまった。
なかみは、「原子水母」同様、「あああ、この○○が、○○で! ほんほん!」という、しょーもないネタの連続(作者自ら「下品マンガ」と言っている)だけど、そのリズム感がキライぢゃなかったりするんで。
あと、ちょっとエキセントリックな人物たちの逸話については、唐沢俊一がほかのエッセイとかで、同じネタについて書いてたりすんだけど、そのなかでレディースコミックの読者体験投稿のなかにあった「あす私は遊びにいくかしら」という、ちょっと壊れた感じの話が、この単行本のなかにマンガ化されてるのを、今回は特にどうしても読み返したくなって、古本として買い戻すという行為にでてしまった。
よく、物を捨てるときとかに、「(捨てても)本当に必要なものは、やがて形をかえて再び現れる(だから思い切って捨てなさい?)」という言葉を信じて処分したりするんだが、はてさて、同じ本をまた買うというのも、そういうものなんだろうかね。
