かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

ブライアンエプスタインの死 その1

2017年08月05日 | The Beatles

今日は、ゴルフだった。
暑さがピークというわけではなかったが、まぁまぁのコンディションで、スコアもまぁまぁだった。
一緒に回った人が、すごくうまくて(生涯ベストだったとのこと)、びっくりした。
実は、今月のゴルフは今日が最後。
月1回だけというのは、久しぶりのような気がする。



今年は、ビートルズにとっては、サージェントペパーから50周年ということで、盛り上がっているが、その2ヶ月後、今から50年前の8月に、マネージャーのブライアンエプスタインが不慮の死をとげた。
ブライアンエプスタインについては、いろいろな意見があるが、彼がいなかったら、彼の情熱がなかったら、今のビートルズがあったかどうかは、かなり疑問で、そのままリバプールの1バンドで終わっていた可能性すらある。
ビートルズの奇蹟のストーリーを作り出した、間違いなく重要なメンバーであることは、異論のないところであろう。

この逸品は、ビートルズの最初の伝記の著者であるハンターディビス氏の、未亡人宛のお悔やみのレターである。

ハンター氏は、1936年生まれで、当時31歳。
ビートルズの伝記を書くべく、ポールに相談したところ、ブライアンの承諾を得るよう勧められ、ラッキーにも承諾を得て、まさに執筆中だった。発行されたのは、1968年だから、まだ、半分ぐらいしかできていなかったのではないか。
ブライアンを知ったのは、9ヶ月前とあるから、1965年暮れことで、まだビートルズがアイドルとして、人気絶頂の時に、伝記を書く承諾を得て、ブライアンともコンタクトが続いていたものと思われる。
奥様にも1回会ったと書いてある。

ブライアンの死により、ビートルズの伝記の話が、空中分解してしまうことも、頭をよぎったかもしれない。
しかし、その後、ビートルズの伝記は、無事出版され、唯一のビートルズ公認の伝記となった。今も増刷が続いている。
ジョンレノンは、後に、散々こき下ろしたが、当時のジョンは、ビートルズに否定的な発言を続けていたから、あまり気にする必要はない。
いろいろな新事実が発見されているが、現役時代に出た伝記ということで、その価値は、変わらない。

コメント
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