名著『ローマ人の物語』の著者である塩野七生さんは何冊もエッセイ集があります。
『ローマ人の物語』を書かれた経験から、ローマ人と比較した日本人論、あるいはローマを中心とした海外から見た日本論は国内で一生懸命過ごしているつもりでもどうしても視野が狭くなってしまう私たちに鋭い視点を与えてくれます。
特に文芸春秋新書で『日本人へ』とされたシリーズがあります。
このうち『日本人へ~危機からの脱出編』に"世界中が「中世」"というエッセイがあります。
この中で塩野さんは、G20が開催されている姿を見て、会議を前進させるためには、ということについて語っています。
会議を前進させるためにはリード役が必要で、しかしそのリード役には条件があって、それは"参加国のどこよりも強力でなければならない"ということだと言うのです。
なぜなら、他の参加国全員がリードされることに納得しなければならず、またリード役は他に率先して譲歩することが求められるが、それはそうすることによって始めて他国の同意を取り付けられるから。
そのうえで塩野さんはこう続けます。
…『ローマ人の物語』を書き続けている間頭を離れなかった想いは、「勝って譲る」という、あの人々に一貫していた哲学だった。勝ちつづけながらも、一方では譲りつづけたのである。ローマが主導して成り立った国際秩序でもある「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」とは、この哲学の成果であった。
結局は譲るのだったら、始めから勝つこともないのに、と思われるかもしれない。だが、勝つことは必要なのだ。なぜなら、他の国々に、主導されることを納得させるためである。
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ローマ人は、勝つことで統治のための正統性を手に入れました。しかし統治する際には決して勝者が敗者から搾取をするばかりではありませんでした。
敗者の中からも優秀な者は社会に貢献する者として何人もが高位に登用されましたが、そのことが何の不思議もないのがローマ帝国の凄さの一つだったでしょう。
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ローマはそうやって勝ちつづけましたが、一対一で勝つことは良しとして、冒頭のG20のような多くの参加者がいる中で勝つということはどういうことになるでしょう。
マキャベリの言葉を借りればそれは、「いかなる事業といえどもその成否は、参加する全員が利益を得るシステムを、つくれたか否かにかかっている」ということで、今日いうところの"win-win"。互いに利益を得るということにほかなりません。
また、勝つことへの執着はどうでしょうか。
『日本人へ~リーダー編』という本の中では、「若き外務官僚に」というエッセイの中で、マキャベリの言葉を引用して、「常に勝ちつづける秘訣とは、中ぐらいの勝者でいつづけることにある」とありました。
勝つにしても勝ちすぎないというのは日本人の感性に合いそうです。
しかし日本人には、こころのどこかで「大義にさえ叶っていれば勝ち負けなど問題ではない。美しく死のう」という考えがあるのではないか、と思っています。
武士道の影響でしょうか、勝ち負けにこだわることも美しくないという価値観に繋がるのではありませんか。
TPP問題にせよ捕鯨問題にせよ、日本としては世界中の国のなかで国益を保ちながら勝ちつづける必要があります。
そんなときには、win-winと、主導権を取れないくらいの中くらいに勝つのが良いようですが、さてこれからの日本はどうなるでしょう。
勝ちにはこだわりたいところですがね。