【三年前に榛村さんと】
ある人(以下Aさん)から、「小松さんは掛川の生涯学習に心酔しているように見えますが、本当のところ何がそんなにいいのですか? 小松さんは本当に生涯学習が必要だと思っているのですか」と真向から訊かれました。
なるほど良い質問です。自分の頭を整理する意味でもね。
でも私は単に掛川に良い思い出があるから、すべてが良く見えているということでもなくて、これこそこれからの人口減少社会や格差社会のなかで、実現させるべき考え方だという確信があるのです。
ではそれについてちょっと考えてみましょうか。
「Aさん、社会の進歩ってどういう事だと思いますか?」
「うーん、あまり考えたことがありませんね。技術が進歩するとか経済が豊かになるということかな。でも最近は経済もパッとしないし…」
「僕はそれは財産が増えることだと思うんです。それは経済用語では資本と言い換えても良くて、たとえば道路や公園、上下水道、住宅などのインフラのような社会資本の充実もそうですし、制度資本に技術資本の充実という事もある」
「制度資本って?」
「例えば銀行などの金融システムとか、警察、教育制度などもそうですね。技術資本だったら、科学技術や医療技術、素材の開発とかね。こういう技術の向上によって社会は効率化して昔よりもずいぶん楽な暮らしができるようになったでしょ」
「確かにそうですね」
「なかでも、社会を進歩させてきた制度資本のなかでも一番進んだのは自分たちの身の回りの出来事をみんなで維持する地方自治の制度だと思うんです。もちろん国としても法律を作り、税金で予算を確保して地方へ配分して国民の生活向上に努めてきた。でもそれをかみ砕いて地方へ落とし込んで実施してきたのは市町村と言う地方自治です。
首長や議会で国の制度のどれをどう使ってわが町をどう反映させるかということに一貫して取り組んできたのが、地域での地方自治と言う行政なんです」
「なるほど」
「で、行政ができることと言うのは①法律(地方自治では条例)によって制度を作る、②予算を確保して実行の裏付けを作る、③人材を育成して実行する、という三つです。実施は役場の職員でもできますが、全てとなると無理。まあ役人は制度を作るのは上手ですよ(笑)」
「ふふふ」
「でも行政ができるのは制度を作って予算を取るところまで。いくら制度を作ってもそれを利用して自分の身を守り健康で健全な生活ができるかどうかは『住民の側の意識と能力の問題』なんです。制度を作ってもそれを知らなければ利用できないし、そもそもやる気がなければ自分の健康一つ守ることはできません」
「そうですね、タバコやお酒の飲み過ぎが不健康だと分かっていてもやめられずに病気になる人はいつだって多いですもんね」
「そう、行政はポスターを作ったりキャンペーンをしたりしてなんとか住民の行動や意識を変えようとするけれど、これほど難しいことはない。」
「町長に言われてお酒をやめたなんて話は聞きませんね(笑)」
「首長の力なんてそんなもんなんだよ。住民がだらしなければいくら良い制度だって機能しないし、逆に住民が一枚岩になって強力に取り組めば、お金も制度もいらないよ。掛川の新幹線駅を作るための寄付のお願いなんて一軒あたり十万円だよ!そんな寄付に応じる町がありますか!?」
「いや、考えただけでも無理ですよ(笑)」
「そういう住民の至らない部分を補ってやる気と能力を向上させれば、お金はなくても幸せなまちづくりはできる。そのためには首長も行政もが徹底的に住民に寄り添って叱咤激励して一緒になって泣いて笑って、喜びも悲しみも共有してこそ、課題が一つずつ解決していく。それこそが生涯学習の真髄なのさ」
「ふーん、なるほど。やっぱりすごいですね」
改めてそう思うと、新幹線新駅だけではなく、掛川城も市民寄付を募りしかも木造で復元したり、最近では東海道に唯一残る木造駅舎をJR東海に掛け合って市民寄付で耐震保存したり、とやはり住民意識が高いことを感じざるを得ません。
◆
「小松さん、たしかにそういうことが実現すれば立派なまちづくりができそうですね」
「Aさん、それだけじゃない。人口減少社会、そして財政もなお難しくなりそうだというこれからの時代は、個人の問題を社会化して行政が肥大化して流れが難しくなる時代という事さ。
行政ももうこれ以上は社会課題を抱えきれずに住民の側の自己責任に戻さざるを得ない時代が来る。なんでも役所・役場がやってくれる時代はもう終わる。
そして住民個人、住民のあつまりによる地域住民自治、NPOなどのテーマコミュニティが強くなってくれないと、その受け皿が失われてしまう。
住民一人一人にそういう自覚を促して、個々人や地域のやる気と能力の向上を目指す、それが今日と将来の生涯学習の姿なのだと思うんだ。
言葉は『新しい公』とか『新しい公共』とか目新しいものが出てくるけど、国レベルでどんなに単語を作ろうと、それを地域に落とし込んで実現させるのは地方自治体、市町村、あえていえば市町村長の力量だ。
首長の権力だけではない、魅力、見識、信頼、血統、役場の職員…などありとあらゆる自分の資源を投入して、住民にコミットして実現させる。それが地方自治のこれからの姿なのさ。
だから僕は地方自治体における生涯学習まちづくりということを唱え続けているし、これを本当に自在に使える首長が出てこないかなあ、と願っているのです(笑)」
◆
「生涯学習」を言葉の遊びや組織の名前にしてしまってはもったいない。それはまちづくりのスキルだし、トレーニングできることなのだと思うのです。
そうか、まだ記憶が鮮明なうちに思考を深めていつか生涯学習スキルの教科書をつくろうかな。うーん、面白そうだ。
Aさん、面白い問いかけをありがとうね。