現代ポーランド共和国の秀作ミステリ三部作。
白髪長身痩躯、 法と正義を何よりも重んじる検察官テオドル・シャッキ、 別名が(…文庫のキャッチコピーによれば) 〈欧州一ボヤく男〉、、 中年男の愛と苦悩、 鬱屈と悲哀を、 笑いとボケと罵倒と嘆きによって描き出す、、(のが主題ではありません…)
物語の主軸はものすごく緻密で深い社会派ミステリーでありながら、 ひとりの中年男シャッキの(表に出せない心の声が描く)人生の物語でもある。。
この三部作、 書かれた順序と日本で翻訳が出版された順序が異なっていて、 最初に訳されたのが三部作完結編の『怒り』、、 私もこれを最初に読みました(読書記はこちらです>>) このときも 読み始めてすぐ 面白い!と思いましたが、 そのあと 第一作の『もつれ』を昨夏に読み、 それもなかなか読み応えありつつも なぜか感想を書くのは難しく… そうこうする間に 第二作の 『一抹の真実』が出版され、 昨年の終わりに読みました。
三部作ぜんぶを読み終えて、、 やっぱり 〈面白い!〉ですし、 読み応え十分だし、 なにより主人公テオドル・シャッキ検察官のキャラが抜群に〈好き!!〉です、 私は。。 この三部作、 シャッキを好きになるかどうかで評価が分かれるのかもしれません、、
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簡単に 三作品の舞台と、事件の始まりと、 シャッキの背景をまとめておきましょう… (作品が書かれた順序に)
①『もつれ』 舞台はワルシャワ、 グループセラピー合宿の参加者の一人が殺される密室型の殺人。 シャッキ検察官は36歳、 妻と娘と一緒に暮らしているが…
②『一抹の真実』 舞台はポーランド南東部の古都サンドミエシュ、 シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)で首を何度も切られた女性の遺体が見つかる、その手口は「儀式殺人」を想わせるものだった。 シャッキ検察官40歳、 ①のあと離婚を経験し、 都落ちして地方検事となる…
③『怒り』 舞台はポーランド北部のオルシュティン、 戦時中の防空壕だった地下から 全身白骨化した(肉体を溶かされた?)遺体が見つかる。 シャッキ検察官44歳、 離婚した妻との間の娘①は高校生になり、 シャッキと、新しい女性パートナーと3人で暮らしている。
… といった具合に、 三作品それぞれにシャッキが暮らす街も、 シャッキをめぐる家族関係も、 それぞれ変わっていきます。 そのこと(街の違いや、 家族の違い)が、 事件の背景や原因を探るうえでも、 そして事件と向き合うシャッキの心情にもそれぞれ異なった関わり方をしているので、 三作品どれも違った雰囲気の面白さがあるのですが、、
さて、、 どれから先に読むのが良いでしょう…?
最初、 私も完結編の『怒り』を読んでしまったので、 (しかもその結末は、 事件の解決にほっとするというより、 かなり愕然とする衝撃的な終わり方でしたので)、、 「どうして第一作から翻訳してくれなかったのかしら~」と ちょっと不満に思ったものでしたが、、 今から思うと、 私個人は 最後の第三作から読むのをオススメします。 なぜかと言うと、 ①と②の事件が わたしたち日本人にはちょっと関心を捕えづらい、 難解な性質の事件だからなのです。
だから、 殺人事件の内容としていちばん理解しやすい③で、 シャッキの人物像をまず〈好き〉になって欲しいのです、、 そして 衝撃の結末に愕然としてから、、 (え? なんで? なんでこうなってしまったの…?) という想いと共に、 ①と②を通じて、シャッキのこれまでの人生と、 ポーランドという国の〈独特な歴史を〉振り返ってみる、、 そうしてから 最後にまた③に辿り着いてみると、、 シャッキの毒舌も嘆きも、 ぼやきも、 かな~りダメだった私生活事情も、、 もう最後にはすごく愛しく思えてくるのです、、 涙なしには読めない、、(←私見です)
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シャッキ検察官のキャラの魅力のほかに、 この三部作には〈ポーランド〉という 私たちは余り詳しく知らない国の歴史が大きく関わっています。
例えば、 ①『もつれ』の事件は、 個人の悩みやコンプレックスを何人かのグループで疑似家族を演じたりして表現し合うことで解決していくという、セラピーの場が事件現場になっていて、 このグループセラピーの方法などに馴染みが無いと なかなか登場人物に感情移入できず、 読むのに苦労したのですが、、
でも、 そういう個人的な問題の陰に、 ポーランドの政治体制の変化という過去の問題も絡み合っていて、、 1989年の民主化以前の 一党独裁の社会主義体制時代に権力を握っていた者たちがまだ社会の中に少なからず存在しているという闇の部分が 事件を予想外の方向へ進ませていきます。
②『一抹の真実』では、 事件の様相がユダヤ教徒の「儀式殺人」を連想させるということから、 反ユダヤ主義の問題が大きく取り上げられているのですが、、 ポーランドで〈反ユダヤ主義〉?? ということなど全く考えたこともなかったのでとても驚きました。 だって第二次大戦中 ポーランドのユダヤ人があれほど迫害を受け、 悲惨な目に遭ったという歴史しか知らない私には、 ポーランドの一地方の民衆のあいだで言い伝えられた根拠のない「儀式殺人」の噂のために ホロコーストを生き延びたユダヤ教徒がさらにポーランド人の手で虐殺されたという話は衝撃でした。
(儀式殺人、 血の中傷についてのWiki >>)
物語では、 メディアや街の人々が一様に この「儀式殺人」との関わりを訴える一方で、 シャッキは先入観の無いあくまで法と証拠に基づいた判断をしようと努めるものの、 次々に起こる事件とその状況に混乱していく。。 過去の言い伝えや民衆信仰や噂の中に、 果して〈一抹の真実〉はあるのか…と。
、、 折しも 先日 アウシュビッツ解放から75年、というニュースと共に、 再び急増している〈反ユダヤ主義〉という問題が取り上げられていましたね⤵
反ユダヤ主義に基づく犯罪急増 国連事務総長が指摘 NHK NEWS WEB
『一抹の真実』の中の事件はもちろんフィクションですが、 物語の舞台のサンドミエシュの歴史的建造物なども実在のもので、 キリスト教教会にある「儀式殺人」についての絵画も実在し、 こちらのサンドミエシュのWiki に画像が載っています。 こういう絵画のことも何も知らなかったので、 民族問題の根深い闇をあらためて知った想いです⤵
https://en.wikipedia.org/wiki/Sandomierz
そして、、 三部作完結編『怒り』では、 民主化以降に生まれた新しい世代の若者の、 歴史を直接知らないがゆえの歪んだ歴史観、 歪んだ正義観も、 物語に深く関係してきます。
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テオドル・シャッキ検察官シリーズは この三部作で完結してしまいましたが、 この著者 ジグムント ミウォシェフスキさん、 とても力のある作家だと思うので、 また新しい作品が書かれたらぜひ翻訳を読んでみたいです。 英米のミステリにはない、 東欧ならではの複雑な歴史や文化に基づいたミステリ、、
北欧ミステリと共に、 東欧のミステリもたくさん読んでみたいです。
最後に、、 独り言ですが、、
昨日 シャッキの結末を思い出しながら 『怒り』の下巻をぱらぱらめくりつつ、 たまたまこの曲をネットで聴いていたら 余りにもぴったりで胸が痛くなって、、
シャッキ検察官が 最後の決断の場所へ乗り込む前の、 ひとときの安らぎの場面がありますね、、 そのシーンをもし映像化するとしたら、 ぜひともこの曲をBGMに使って欲しい… そんな風に考えていたら涙なしには読めなくなってしまいました。。
Karen O and Danger Mouse - "Perfect Day" (Lou Reed Cover) [LIVE @ SiriusXM]
テオドル・シャッキ検察官三部作、、 良い読書でした。
ジグムント・ミウォシェフスキ著 『もつれ』『一抹の真実』『怒り』 田口俊樹訳 小学館文庫