『収容病棟』(原題:瘋愛)
監督:ワン・ビン
レッドブルを飲んでも眠気に襲われた『聖者の午後』とハシゴ。
関西では京都シネマと第七藝術劇場で公開中の本作、
どうせ晩には京都へ行くのだから、京都シネマで観ることも考えましたが、
大阪興行協会では半券2枚で応募できる映画鑑賞券プレゼントのキャンペーン実施中。
やはり大阪で観ておくことにしようと、そのままナナゲイにて。
どうでもいい話ですが、すでに何度目かのこのキャンペーン、
これまでナナゲイで鑑賞したさいには、半券に当たるものがなくて悩んでいました。
整理券を貼ればいいのだろうと勝手に判断して、整理券をペタペタと。
今回初めて聞いてみたら、「整理券は無効らしいです」とナナゲイのお姉さん。
え~、これまでの応募は無駄やったんかいと涙。
『聖者の午後』と本作の前後編の3本分、すでにまとめてレシートをもらっていましたが、
お姉さんが1本ずつに分けてレシートを出し直してくれました。
キャンペーンにはこのレシートを貼って応募すればいいのだそうです。
一昨年観た作品のなかで、おそらくいちばん暗かった『無言歌』(2010)。
それと同じ、中国の鬼才と称されるワン・ビン監督の作品で、237分の大長編。
前後編に分けて鑑賞料金は2本分必要、休憩を挟んでの上映です。
中国・雲南省の精神病院。
患者200人以上が収容されるこの病院の様子を収めたドキュメンタリー作品。
監督は、2013年1月から3月にかけてほぼ毎日、カメラを回しました。
『無言歌』の風が吹きすさぶような暗さとはまた異なる絶望的な暗さ。
精神病患者と一口に言っても、患者の病状は多種多様。
鬱病や認知症患者もいれば、宗教にのめり込みすぎていると判断された者、
政治的な陳情行為をした者、一人っ子政策に違反した者などなど、
はたして病気だと言えるのかどうかという人も。
それがまとめて病棟にぶち込まれているのです。
数名の相部屋の薄汚れた壁、取り替えられているとは思えないシーツ。
用を足すときはベッド脇に置かれた洗面器へ。
ベッドの上に立って放尿するのも普通で、おしっこ飛びまくりやがな。
風呂場はない様子で、ときおり素っ裸でマイ洗面器を持った患者が廊下へ。
蛇口をひねって洗面器に水を溜め、それをかぶるだけ。
ずぶ濡れのまま自室へ戻ると、ベッドの上で体を拭きます。
部屋にも廊下にも裸電球。
部屋通しの行き来は自由にできますが、外には決して出られぬよう張り巡らされた鉄柵。
男性患者と女性患者の収容階はもちろん異なっているので、
何をしたのか夫婦で収容されている場合、鉄柵越しに手を握り合う姿が哀しい。
こんなところに放り込まれれば、気が狂っていなくても狂おうというもの。
まだ収容されたばかりの患者もいれば、20年収容されている患者も。
病院より牢獄と言ったほうがいいようなこの場所で、
ひとつのベッドで体を寄せ合って眠ったり、身内から差し入れられたみかんを分け合ったり。
新入り患者に家族の面会があるときは、みんなでぞろぞろついていきます。
しかし、微笑ましいとか癒されるとか、そう表現できるような光景ではありません。
よくも中国政府がこんな撮影を許可したものだと驚きますが、
批判的な視線ではなく、ただ淡々と記録されている、そんな印象。
だから撮影も公開も許可されたのか。
絶望的に暗く、観ているのが辛い。
メッセージ性にも乏しいため、どうしていいのかわからないから、なお絶望的。
この現状を知る、それだけにとどまります。
こんな作品だったからというわけでもないでしょうが、
劇場で他人同士が大声で喧嘩している場面を初めて見ました。(^^;
前後編の間に休憩はあるものの、基本的に客は一緒ですから、
前編で座っていた席と同じ席に誰しもが座っています。
最前列に座っていた男性2人が後編開映前に揉めはじめ、「表に出ろ!」というところまで。
スタッフのお兄さんがなんとか取りなしたようですが、
いやぁ、こんな暗い気持ちのときに、ヤジウマ的には面白かった一瞬です。
ご覧になる人はかなりの覚悟が必要かと。
監督:ワン・ビン
レッドブルを飲んでも眠気に襲われた『聖者の午後』とハシゴ。
関西では京都シネマと第七藝術劇場で公開中の本作、
どうせ晩には京都へ行くのだから、京都シネマで観ることも考えましたが、
大阪興行協会では半券2枚で応募できる映画鑑賞券プレゼントのキャンペーン実施中。
やはり大阪で観ておくことにしようと、そのままナナゲイにて。
どうでもいい話ですが、すでに何度目かのこのキャンペーン、
これまでナナゲイで鑑賞したさいには、半券に当たるものがなくて悩んでいました。
整理券を貼ればいいのだろうと勝手に判断して、整理券をペタペタと。
今回初めて聞いてみたら、「整理券は無効らしいです」とナナゲイのお姉さん。
え~、これまでの応募は無駄やったんかいと涙。
『聖者の午後』と本作の前後編の3本分、すでにまとめてレシートをもらっていましたが、
お姉さんが1本ずつに分けてレシートを出し直してくれました。
キャンペーンにはこのレシートを貼って応募すればいいのだそうです。
一昨年観た作品のなかで、おそらくいちばん暗かった『無言歌』(2010)。
それと同じ、中国の鬼才と称されるワン・ビン監督の作品で、237分の大長編。
前後編に分けて鑑賞料金は2本分必要、休憩を挟んでの上映です。
中国・雲南省の精神病院。
患者200人以上が収容されるこの病院の様子を収めたドキュメンタリー作品。
監督は、2013年1月から3月にかけてほぼ毎日、カメラを回しました。
『無言歌』の風が吹きすさぶような暗さとはまた異なる絶望的な暗さ。
精神病患者と一口に言っても、患者の病状は多種多様。
鬱病や認知症患者もいれば、宗教にのめり込みすぎていると判断された者、
政治的な陳情行為をした者、一人っ子政策に違反した者などなど、
はたして病気だと言えるのかどうかという人も。
それがまとめて病棟にぶち込まれているのです。
数名の相部屋の薄汚れた壁、取り替えられているとは思えないシーツ。
用を足すときはベッド脇に置かれた洗面器へ。
ベッドの上に立って放尿するのも普通で、おしっこ飛びまくりやがな。
風呂場はない様子で、ときおり素っ裸でマイ洗面器を持った患者が廊下へ。
蛇口をひねって洗面器に水を溜め、それをかぶるだけ。
ずぶ濡れのまま自室へ戻ると、ベッドの上で体を拭きます。
部屋にも廊下にも裸電球。
部屋通しの行き来は自由にできますが、外には決して出られぬよう張り巡らされた鉄柵。
男性患者と女性患者の収容階はもちろん異なっているので、
何をしたのか夫婦で収容されている場合、鉄柵越しに手を握り合う姿が哀しい。
こんなところに放り込まれれば、気が狂っていなくても狂おうというもの。
まだ収容されたばかりの患者もいれば、20年収容されている患者も。
病院より牢獄と言ったほうがいいようなこの場所で、
ひとつのベッドで体を寄せ合って眠ったり、身内から差し入れられたみかんを分け合ったり。
新入り患者に家族の面会があるときは、みんなでぞろぞろついていきます。
しかし、微笑ましいとか癒されるとか、そう表現できるような光景ではありません。
よくも中国政府がこんな撮影を許可したものだと驚きますが、
批判的な視線ではなく、ただ淡々と記録されている、そんな印象。
だから撮影も公開も許可されたのか。
絶望的に暗く、観ているのが辛い。
メッセージ性にも乏しいため、どうしていいのかわからないから、なお絶望的。
この現状を知る、それだけにとどまります。
こんな作品だったからというわけでもないでしょうが、
劇場で他人同士が大声で喧嘩している場面を初めて見ました。(^^;
前後編の間に休憩はあるものの、基本的に客は一緒ですから、
前編で座っていた席と同じ席に誰しもが座っています。
最前列に座っていた男性2人が後編開映前に揉めはじめ、「表に出ろ!」というところまで。
スタッフのお兄さんがなんとか取りなしたようですが、
いやぁ、こんな暗い気持ちのときに、ヤジウマ的には面白かった一瞬です。
ご覧になる人はかなりの覚悟が必要かと。