十数年前に今の家に引っ越した折り、
どこのクリーニング店にお世話になろうかと悩み、
TSUTAYAの近くにあるお店に決めました。
そこならばDVDを借りた足で寄れるからという理由で。
そんな安直な理由で選んだにもかかわらず、
受付担当の女性陣はみな、いい人ばかり。
安心してクリーニングをおまかせできるお店でした。
そこに通うきっかけとなったTSUTAYAの店舗は数年後に閉店。
しかし、受付の方々とのお話が楽しく、クリーニング店通いは続きました。
ところが去年、二人体制だった受付が一人体制になってから、なんだか変。
返ってきたものを見ると、仕上がりが雑な気がして仕方ありません。
もちろん受付の人は変わらずいい人たちばかりだから、
文句を言うのも忍びなく、なんだかなぁという思いが募る一方。
そんなある日、ダンナがキレました。
三つボタン段返りのブレザーのプレスの位置があきらかにおかしい。
さすがにクレームを言ったら、受付の人も「これは駄目ですねぇ」。
工場に再送してくれましたが、戻ってきたブレザーにアイロンプレスされた形跡はなく、
手で折り目をつけ直しただけの様子。
いくら「申し訳ありませんでした」のメモが付けられていても、これでは。
さらにはダンナお気に入りのダウンジャケット。
羽毛が片寄り、肩辺りは何も入っていない状態でスカスカ、寒いのなんのって。
それまでは「受付の人とのおつきあいもあるやろから」と言っていたダンナが
さすがに「もう許さん。クリーニング屋、替えて」。
フェードアウトしたのが今年春先のこと。
仕事帰りに通えそうなクリーニング店をネットで探しまくりました。
チェーン店は数多くあれど、きっとどこも似たり寄ったり。
1軒だけ、そうでない店を見つけて通うことに。
家に帰るにはしばし逆方向へ車を走らせねばならず、面倒だけど致し方なし。
そうしたらこれがほんとにいいクリーニング屋さんで。
ブレザーは言わなくてもきっちり段返りプレス。
ダウンジャケットは丁寧に処理してくれて、ふわふわぬくぬくに戻りました。
チェーン店のように翌日には仕上がりませんが、そんなの全然かまわない。
いったい店を変えるまでどれだけ衣類に負担がかかっていたのでしょう。
さて、前置きが長くなりました。
ご紹介するのはクリーニング店を舞台にした小説『切れない糸』です。
著書の坂木司は、読者に先入観を与えたくないからと覆面作家を貫いています。
正確な生年月日も内緒、性別すらあきらかにされていません。男性っぽいけど。
これまでに読んだ著書の中では『和菓子のアン』が好き。
デパ地下の和菓子屋さんを舞台にした青春ミステリーで、
高校を卒業して店に就職したばかりの主人公女子が体験するささやかな事件。
彼女が仕事を通して成長していく姿が清々しいほか、
和菓子の豆知識みたいなものもてんこ盛りで楽しい。
映画化された『ワーキング・ホリデー』(2012)も同著者。
ヘヴィーな文体と内容を好む人にはまったく向きませんが、
殺人が起こらないミステリーは爽やかで、ときにはこんなのもいいなぁと。
そして『切れない糸』もやはり人は死なない青春ミステリー。
就活にことごとく失敗した主人公の和也は、父親の急死により、
思いがけず家業のアライクリーニング店を継ぐことになります。
預かった衣類の中から生まれる数々の謎。
それを和也とともに解き明かすのは、大学時代の友人・沢田。
4話からなる連作小説で、それぞれに映画の話もちょこっと。
父子でフレンチトーストを焼けば『クレイマー、クレイマー』(1979)。
砂糖とミルク入りコーヒーが出てくれば『バグダッド・カフェ』(1987)。
サブリナパンツといえばオードリー・ヘップバーン、
そして『ローマの休日』(1953)の話も。
沢田がバイトする喫茶店の名前は“ロッキー”で、
由来は当然シルヴェスター・スタローンの『ロッキー』(1976)かと思いきや……。
アライクリーニング店の受付を担当するパートのおばちゃんは3名。
松岡さんと竹田さんと梅本さんの松竹梅トリオで、
まるで『チャーリーズ・エンジェル』(2000)とか。
やたら映画に詳しいアイロンの達人シゲさんがめちゃシブイ。
シゲさんがつぶやく奇術師チャニング・ポロックを見たいから、
『ヨーロッパの夜』(1960)を観てみなければ。
卒業式のさいに、息子にスーツを贈ろうとする母親。
会社勤めはしないし、スーツを着る機会などないんだから安物でいいと言う和也に、
「クリーニング屋の息子が、クリーニングに出すほどの値打ちもない背広を買ってどうするのよ」と母親。
笑うとともに、心が温かくなりました。
電話のこちらで顧客に向かって懸命に頭を下げる和也の様子には、
見えなくても通じるんだという『神様からひと言』(2006)も思い出し。
ちょっといい話です。
そうそう、通いはじめたクリーニング店には、もちろん(笑)初回にお礼の電話をしました。
「励みになります」とたいそう喜んでくれたお店のご主人。
だけど、「当たり前のことをしているだけなんですけどね」ともおっしゃいます。
その「当たり前のことをするだけ」というのが、きっととても難しい。
どこのクリーニング店にお世話になろうかと悩み、
TSUTAYAの近くにあるお店に決めました。
そこならばDVDを借りた足で寄れるからという理由で。
そんな安直な理由で選んだにもかかわらず、
受付担当の女性陣はみな、いい人ばかり。
安心してクリーニングをおまかせできるお店でした。
そこに通うきっかけとなったTSUTAYAの店舗は数年後に閉店。
しかし、受付の方々とのお話が楽しく、クリーニング店通いは続きました。
ところが去年、二人体制だった受付が一人体制になってから、なんだか変。
返ってきたものを見ると、仕上がりが雑な気がして仕方ありません。
もちろん受付の人は変わらずいい人たちばかりだから、
文句を言うのも忍びなく、なんだかなぁという思いが募る一方。
そんなある日、ダンナがキレました。
三つボタン段返りのブレザーのプレスの位置があきらかにおかしい。
さすがにクレームを言ったら、受付の人も「これは駄目ですねぇ」。
工場に再送してくれましたが、戻ってきたブレザーにアイロンプレスされた形跡はなく、
手で折り目をつけ直しただけの様子。
いくら「申し訳ありませんでした」のメモが付けられていても、これでは。
さらにはダンナお気に入りのダウンジャケット。
羽毛が片寄り、肩辺りは何も入っていない状態でスカスカ、寒いのなんのって。
それまでは「受付の人とのおつきあいもあるやろから」と言っていたダンナが
さすがに「もう許さん。クリーニング屋、替えて」。
フェードアウトしたのが今年春先のこと。
仕事帰りに通えそうなクリーニング店をネットで探しまくりました。
チェーン店は数多くあれど、きっとどこも似たり寄ったり。
1軒だけ、そうでない店を見つけて通うことに。
家に帰るにはしばし逆方向へ車を走らせねばならず、面倒だけど致し方なし。
そうしたらこれがほんとにいいクリーニング屋さんで。
ブレザーは言わなくてもきっちり段返りプレス。
ダウンジャケットは丁寧に処理してくれて、ふわふわぬくぬくに戻りました。
チェーン店のように翌日には仕上がりませんが、そんなの全然かまわない。
いったい店を変えるまでどれだけ衣類に負担がかかっていたのでしょう。
さて、前置きが長くなりました。
ご紹介するのはクリーニング店を舞台にした小説『切れない糸』です。
著書の坂木司は、読者に先入観を与えたくないからと覆面作家を貫いています。
正確な生年月日も内緒、性別すらあきらかにされていません。男性っぽいけど。
これまでに読んだ著書の中では『和菓子のアン』が好き。
デパ地下の和菓子屋さんを舞台にした青春ミステリーで、
高校を卒業して店に就職したばかりの主人公女子が体験するささやかな事件。
彼女が仕事を通して成長していく姿が清々しいほか、
和菓子の豆知識みたいなものもてんこ盛りで楽しい。
映画化された『ワーキング・ホリデー』(2012)も同著者。
ヘヴィーな文体と内容を好む人にはまったく向きませんが、
殺人が起こらないミステリーは爽やかで、ときにはこんなのもいいなぁと。
そして『切れない糸』もやはり人は死なない青春ミステリー。
就活にことごとく失敗した主人公の和也は、父親の急死により、
思いがけず家業のアライクリーニング店を継ぐことになります。
預かった衣類の中から生まれる数々の謎。
それを和也とともに解き明かすのは、大学時代の友人・沢田。
4話からなる連作小説で、それぞれに映画の話もちょこっと。
父子でフレンチトーストを焼けば『クレイマー、クレイマー』(1979)。
砂糖とミルク入りコーヒーが出てくれば『バグダッド・カフェ』(1987)。
サブリナパンツといえばオードリー・ヘップバーン、
そして『ローマの休日』(1953)の話も。
沢田がバイトする喫茶店の名前は“ロッキー”で、
由来は当然シルヴェスター・スタローンの『ロッキー』(1976)かと思いきや……。
アライクリーニング店の受付を担当するパートのおばちゃんは3名。
松岡さんと竹田さんと梅本さんの松竹梅トリオで、
まるで『チャーリーズ・エンジェル』(2000)とか。
やたら映画に詳しいアイロンの達人シゲさんがめちゃシブイ。
シゲさんがつぶやく奇術師チャニング・ポロックを見たいから、
『ヨーロッパの夜』(1960)を観てみなければ。
卒業式のさいに、息子にスーツを贈ろうとする母親。
会社勤めはしないし、スーツを着る機会などないんだから安物でいいと言う和也に、
「クリーニング屋の息子が、クリーニングに出すほどの値打ちもない背広を買ってどうするのよ」と母親。
笑うとともに、心が温かくなりました。
電話のこちらで顧客に向かって懸命に頭を下げる和也の様子には、
見えなくても通じるんだという『神様からひと言』(2006)も思い出し。
ちょっといい話です。
そうそう、通いはじめたクリーニング店には、もちろん(笑)初回にお礼の電話をしました。
「励みになります」とたいそう喜んでくれたお店のご主人。
だけど、「当たり前のことをしているだけなんですけどね」ともおっしゃいます。
その「当たり前のことをするだけ」というのが、きっととても難しい。