昭和44年ころまでは桜井市であった角柄(つのがわら)。
今では行政区割りが宇陀市に移った。
それまでの神官は桜井市の初瀬から来られていたが、行政区割りが替ったことで榛原の墨坂神社の神官が勤めているという。
氏神さんの高おかみ神社を守っている角柄の集落は12軒ほど。
かつては17軒もあったが村から出ていって氏子家が少なくなった。
神社の年中行事は多くある。
平成27年には20年に一度の造営(ぞうく)が待ちうけている。
年中行事で調べていたのは正月初めに行われていた初山や初祈祷だった。氏子であるKさんの家を訪ねてお聞きした。
そのような行事は聞いたこともないと云うが、正言祭は祈年祭のときに行っているという。
その日は御戸渡し。
いわゆるトーヤ受けである。
トーヤは頭屋と充てるそうだ。
分霊を祀ったヤカタを受け取って我が家にやってくる。
神社の行事に毛掛け籠り(5月)がある。
村の田植えを始める際に豊作を願う行事である。
6月は毛掛けヨロコビだ。
田植えを終えて雨が降ればそれを喜ぶという行事も籠りである。
8月には風日待ち籠りもある。
里道(りどう)作りの日(10月)には二夜三日籠りもあるという角柄は男性たちが集まる行事。
特に決まりはないが、婦人が集まるのは、何故か庚申講、伊勢講があるそうだ。
下角柄の庚申講は9戸の営み。
上角柄もあるらしいが集まりはないようだ。
その庚申講は旧暦閏年の庚申講は集落より東に行った場である。
平成24年の4月に拝見したことがある。
願文を寄せた木はたしか杉だったと思う。
ゴクダイは竹製であった。
そこにトーフを載せていたようだ。
お聞きした角柄は長谷寺内の三社権現で綱掛けをしている九カ大字の一つ。
旧暦一月十一日に行われる行事である。
K家には長谷寺より授かった補任状があるという。
家の長男が受け取る補任状は代々。
息子も入れて四代の補任状を保管しているそうだ。
ちなみに高おかみ神社にあった燈籠には九頭大明神と春日大明神が刻まれていた。
年代もあったが判読はできなかった。
(H26. 1. 5 SB932SH撮影)
今では行政区割りが宇陀市に移った。
それまでの神官は桜井市の初瀬から来られていたが、行政区割りが替ったことで榛原の墨坂神社の神官が勤めているという。
氏神さんの高おかみ神社を守っている角柄の集落は12軒ほど。
かつては17軒もあったが村から出ていって氏子家が少なくなった。
神社の年中行事は多くある。
平成27年には20年に一度の造営(ぞうく)が待ちうけている。
年中行事で調べていたのは正月初めに行われていた初山や初祈祷だった。氏子であるKさんの家を訪ねてお聞きした。
そのような行事は聞いたこともないと云うが、正言祭は祈年祭のときに行っているという。
その日は御戸渡し。
いわゆるトーヤ受けである。
トーヤは頭屋と充てるそうだ。
分霊を祀ったヤカタを受け取って我が家にやってくる。
神社の行事に毛掛け籠り(5月)がある。
村の田植えを始める際に豊作を願う行事である。
6月は毛掛けヨロコビだ。
田植えを終えて雨が降ればそれを喜ぶという行事も籠りである。
8月には風日待ち籠りもある。
里道(りどう)作りの日(10月)には二夜三日籠りもあるという角柄は男性たちが集まる行事。
特に決まりはないが、婦人が集まるのは、何故か庚申講、伊勢講があるそうだ。
下角柄の庚申講は9戸の営み。
上角柄もあるらしいが集まりはないようだ。
その庚申講は旧暦閏年の庚申講は集落より東に行った場である。
平成24年の4月に拝見したことがある。
願文を寄せた木はたしか杉だったと思う。
ゴクダイは竹製であった。
そこにトーフを載せていたようだ。
お聞きした角柄は長谷寺内の三社権現で綱掛けをしている九カ大字の一つ。
旧暦一月十一日に行われる行事である。
K家には長谷寺より授かった補任状があるという。
家の長男が受け取る補任状は代々。
息子も入れて四代の補任状を保管しているそうだ。
ちなみに高おかみ神社にあった燈籠には九頭大明神と春日大明神が刻まれていた。
年代もあったが判読はできなかった。
(H26. 1. 5 SB932SH撮影)