大宇陀栗野の岩神社のお垢離取りの様相を話してくださった中出垣内のFさん。
ようやくというか、ほぼ現在の在り方に参拝の時間帯も教えてもらった。
また、6月末辺りの日曜日に朝から杵・臼で搗く餅つきもある夏祭りもあるとわかった。
是非とも訪れたい大宇陀栗野の年中行事である。
国道に出てほんの少しを走ったところにコイノボリが立っていた。
一瞬で判断したそのコイノボリの支柱に思わず急ブレーキをかけた。
奈良県内では滅多に見ることのないてっぺんに杉の葉を残した杉材のコイノボリ支柱である。
千載一遇のこのチャンスを逃しては・・・。
今後も出合うことが少ない貴重な初男児誕生の習俗を撮らせていただきたく呼び鈴を押したK家。
屋内から出てこられた若いお母さんに取材の申し出をお願いして撮らせてもらう。
孫の長男が誕生した祝いに家の山に入ったのはおじいさんだ。
4月の初めに目をつけていた杉材があった。
その杉の木をコイノボリの支柱にする。
伐り出すのはお父さんに旦那さん。
そして弟さんの男3人が伐り出した杉の木は山から運んで自宅まで運んだ。
杉の木の皮を剥いだ美しくした木肌であるが、てっぺんにある葉は切り落とさない。
葉を付けたままの支柱を立てるには掘った穴に埋めるだけでは倒れてしまう。
横から支柱を支える添え木が要る。
外れないように大きなボルトで固定する。
固定といっても、実は傾けることのできる構造物である。
吹き流しに父鯉、母鯉に長男鯉がそろって並べばいいが、この日はなかなか吹いてくれない。
待っていたらふっと風が吹くときもある。
そのときになれば初誕生を祝う鯉のぼりが空に泳ぐ。
鯉のぼりを揚げ始めたのは4月半ば。
風が強い日とか雨天の場合は揚げない。
天気が良くて、できれば風のある日に揚げる。
祝っていた鯉のぼりもそろそろ納めどきにしようと思っていた日に撮らせてもらったのが嬉しい。
このような風習はまったく知らなかったという若いお母さん。
お嫁さんに来て長男が生まれた。
長男のときに葉付きの支柱を立てる。
次男の場合は緑の鯉のぼりを付け足すだけで、新たに支柱を立てるわけではない。
翌年の節句のときの支柱は葉を切りとって矢車に取り換える。
一生に一度の鯉のぼりの支柱の在り方である。
吹き流しに家紋を染めて、子供の名前を入れることも考えたが、最終的にはそれを外したという母親。
昨今の文化的風潮に右へ倣え、であったようだ。
ちなみに栗野の地にもう1軒。
すでに風車に切り替えて揚げていたコイノボリのある家。
石垣風情のカド庭に立てていたB家を訪ねたことがある。
婦人のはなしによれば初孫の長男が生まれたその年に揚げたコイノボリの支柱はヒノキ葉だった。
その年に見かけたコイノボリは2軒。
昨年は1軒が揚げていた。
今年はここK家。
なんとなくであるが、毎年に揚げることはないように思えてきた。
(H30. 5.27 EOS7D撮影)
ようやくというか、ほぼ現在の在り方に参拝の時間帯も教えてもらった。
また、6月末辺りの日曜日に朝から杵・臼で搗く餅つきもある夏祭りもあるとわかった。
是非とも訪れたい大宇陀栗野の年中行事である。
国道に出てほんの少しを走ったところにコイノボリが立っていた。
一瞬で判断したそのコイノボリの支柱に思わず急ブレーキをかけた。
奈良県内では滅多に見ることのないてっぺんに杉の葉を残した杉材のコイノボリ支柱である。
千載一遇のこのチャンスを逃しては・・・。
今後も出合うことが少ない貴重な初男児誕生の習俗を撮らせていただきたく呼び鈴を押したK家。
屋内から出てこられた若いお母さんに取材の申し出をお願いして撮らせてもらう。
孫の長男が誕生した祝いに家の山に入ったのはおじいさんだ。
4月の初めに目をつけていた杉材があった。
その杉の木をコイノボリの支柱にする。
伐り出すのはお父さんに旦那さん。
そして弟さんの男3人が伐り出した杉の木は山から運んで自宅まで運んだ。
杉の木の皮を剥いだ美しくした木肌であるが、てっぺんにある葉は切り落とさない。
葉を付けたままの支柱を立てるには掘った穴に埋めるだけでは倒れてしまう。
横から支柱を支える添え木が要る。
外れないように大きなボルトで固定する。
固定といっても、実は傾けることのできる構造物である。
吹き流しに父鯉、母鯉に長男鯉がそろって並べばいいが、この日はなかなか吹いてくれない。
待っていたらふっと風が吹くときもある。
そのときになれば初誕生を祝う鯉のぼりが空に泳ぐ。
鯉のぼりを揚げ始めたのは4月半ば。
風が強い日とか雨天の場合は揚げない。
天気が良くて、できれば風のある日に揚げる。
祝っていた鯉のぼりもそろそろ納めどきにしようと思っていた日に撮らせてもらったのが嬉しい。
このような風習はまったく知らなかったという若いお母さん。
お嫁さんに来て長男が生まれた。
長男のときに葉付きの支柱を立てる。
次男の場合は緑の鯉のぼりを付け足すだけで、新たに支柱を立てるわけではない。
翌年の節句のときの支柱は葉を切りとって矢車に取り換える。
一生に一度の鯉のぼりの支柱の在り方である。
吹き流しに家紋を染めて、子供の名前を入れることも考えたが、最終的にはそれを外したという母親。
昨今の文化的風潮に右へ倣え、であったようだ。
ちなみに栗野の地にもう1軒。
すでに風車に切り替えて揚げていたコイノボリのある家。
石垣風情のカド庭に立てていたB家を訪ねたことがある。
婦人のはなしによれば初孫の長男が生まれたその年に揚げたコイノボリの支柱はヒノキ葉だった。
その年に見かけたコイノボリは2軒。
昨年は1軒が揚げていた。
今年はここK家。
なんとなくであるが、毎年に揚げることはないように思えてきた。
(H30. 5.27 EOS7D撮影)