マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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八田・カンピョウの種

2013年02月08日 09時17分40秒 | 民俗あれこれ(干す編)
むかしよみやの取材でお世話になった村神主宅を尋ねてやってきた田原本町の八田。

すれ違ったご婦人に頭をさげる。

不在であったことから村をぶらぶら歩いていた。

道路沿いにおられたのは先ほどのご婦人。

ムシロを何枚も敷いている。

そこにあるのは稲ではない。

もっと大きい植物の種だ。

それの正体を伺った結果はカンピョウの種。

数は数え切れないほどの大量の種。

形がユニークなカンピョウの種は始めて見る。



その種は植え付けしたあとの継ぎ木用途。

法貴寺でスイカを栽培されている男性から頼まれて栽培した種だという。

スイカとカンピョウの繋がりとは・・・。

芽が出て茎が育つ。

スイカもカンピョウも育つ。

育ったカンピョウの苗は台木。

成長点を切り取った台木にスイカ苗の穂木を継ぎ木する。

そうすればスイカの苗が強くなるというカンピョウの種は継ぎ木専用だそうだ。

カンピョウついでにお聞きしたカンピョウ干し。

随分昔にはそうしていたが婦人は高齢者。

体力的に無理ができなくなりやめたそうだ。

そのカンピョウ干しをする機械があった。

丸太の棒に藁綱を縛りつけた干し道具。

皮が滑らないようにしていた装置。

ぐるぐると紐を引いて上げていた。

丸で白いカーテンレースのような光景だったと話す。

隣村の天理市吉田町では多くの農家がカンピョウ干しをしていたという。

夏の暑い盛りの頃に訪ねてみよう。

(H24.11.29 SB932SH撮影)

苣原惣社九頭神社新嘗祭

2013年02月07日 06時53分04秒 | 天理市へ
鬱蒼とした樹木のなかに鎮座する天理市苣原(ちしゃわら)町の惣社九頭神社。

大樹に囲まれた苣原の氏神地。

ひときわ長く垂れさがる紅葉の木が美しい。

拝殿に積もった枯れ葉を取り除くが難儀だと話す長老たちは苣原の宮本十一人衆。

左座が五人でと右座の六人で構成されている。

この日は秋の収穫を祝った新嘗祭。

奈良県内では神社庁指定でお決まりの白酒(にごり酒)が献じられる。

苣原は石上神宮下の布留郷の一つ。

神宮神職が神事を執り行う。



本殿の柱に括りつけられているものが気になる。

以前から見ているものだが何であろうか。

先を尖らせた竹が何本かある。

黒い木はクリの木だ。

それは剣の形をしているというが名はなく厄除けの仕掛けだという。



その数は村人の数。

村の人のすべてにおいて厄除けする剣は秋祭りの翌日に宮本衆の人たちが奉ったそうだ。

それは秋祭りだけではなく4月の行われる神武さんの祭祀にも奉られる。

一年に2度奉られる剣にはサカキの葉もある。

神事を終えた一行は社務所に登る。

神饌に供えた大きな二段のモチは包丁でざっくり切る。

それを座に配る当番の人。

お下がりは昆布も添えられる。

この日の座の肴は田楽。

ダイコンとコンニャクだ。

大きな鍋に入れて煮込んだ2品に田楽味噌を付けて配られる。



コンニャクは手作り。

味わい深いコンニャクの舌触りは柔らかシコシコ。

スーパーなどのお店売っているような感触ではない。

歯ごたえがないと云われても良いぐらいのコンニャクは絶品。



手作りの田楽味噌が馴染んだ味は美味すぎる。

幟を掲げて国道沿いで売りだしたらどうかと伝えたが・・・。

神饌の白酒を飲んで田楽を味わう直会はしばらくの歓談場。



先日放映された毎日放送の「ちちんぷいぷい 昔の人は偉かった」で盛り上がる。

(H24.11.28 EOS40D撮影)

両替の手数料

2013年02月06日 06時56分33秒 | ぽつりと
引き出しを兼ねてりそな銀行やまと郡山支店に立ち寄った。

この日の主目的は両替にある。

引きだしたお金の一部を両替の機械に入れて行う操作。

画面を見れば手数料が200円。

そういうことは知っているが急いでいるので仕方ない。

操作しかけたときに店員から伝えられた言葉は「キャッシュカードを挿入すれば無料になります」の一言でやり直し。

両替は千円札が八枚、百円玉が15枚に十円玉だ。

残りをそうしてボタンを押したら手数料200円が表示された。

操作終了後に戻ってくるのだろうと思ってサイフを確かめたら100円玉と2枚の50円玉。

なぜか50円は投入できない仕組みになっている。

どうすればいいのか悩んでいたその場にまたもや店員さん。

「おかしいですね。もう一度最初からしてください」と伝えられて再操作を繰り返す。

千円札、100円玉とここまで順調。

10円を押しかけたときに「それをすれば手数料がかかります」と云われる。

なんと10円の両替ができないのだ。

とにかくほしい10円玉。

それをするには100円玉が2枚要る。

「50円×2を100円に両替をしましょう」と受付に連れていく。

両替の処置は伝票記入からだ。

云われるままに名前と電話番号を記入する。

両替は100円。

それを3か所に記入して2枚の50円を手渡した。

「しばらくお待ちください」と云われても当方は急いでいる。

両替機械の前に再び立っての操作。

10円玉は眼中にない。

千円と100円だけの両替にした。

一日に一回しか操作できない両替の仕組み。

この日の両替は中途半端なのである。

明日に回さざるを得ない10円玉の両替である。

機械の処理を終えて受け付けに戻った。

100円の両替の事務の手続きは待ってもすぐには返ってこない。

機械よりも事務が遅いのである。

銀行のサービスとはこんなもんなのだ。

すべてを終えて駐車サービス券。

それは早い。

車に戻ってよくよく考えれば10円玉の両替を事務手続きですればよかったのだと気がつく。

翌日に訪れた小泉支店。

ここには両替の機械もなけりゃ事務サービスもない。

ではどうすればいいのかと店員さんに尋ねてみれば「キャッシュサービスで40円を引き出してください」と案内された。

面倒なことだがこれしかない両替手段。

10回も操作を繰り返したのであった。

(H24.11.28 記)

サービス券のきつねうどん

2013年02月05日 09時14分17秒 | 食事が主な周辺をお散歩
前回にいただいたサービス券は有効に使わなければと思ってこの日の昼食はまいどおおきに食堂筒井店。

たびたび利用する。

お昼時は満席近いお客さんで溢れている。

貰ったサービス券はうどんが50円も割引きされるサービス券だ。

この日はきつねうどんにした。

でっかいキツネアゲがのっかっている。

トッピングはいつもの通りの天カスとワカメ。

ここのスプーンは小さめ。

ほんの少ししか入らないから何度も何度も掬わなければならない。

なんとかしてほしいものだ。

すっきり透き通るようなうどん出汁。

カツオではなくコンブ出汁まるだしの味。

うどんはやっぱりカツオ出汁と思うのだが・・・。

相変わらずキツネアゲの味は薄い。

お上品な京風味なんだろうか。

あっさり目のキツネアゲの味は大阪風にしてもらいたいものだ。

(H24.11.28 SB932SH撮影)

東明寺の大般若経転読法要

2013年02月04日 07時45分07秒 | 大和郡山市へ
前日に自然観察会で訪れた東明寺。

東明寺の紅葉は曇天でも美しかった。

秋が映える季節に新しく法会を始めたいと願っていた住職。

この年で3年目を迎えた大般若経の転読法要。

定まっていなかった期日も第四日曜と決まった。

お寺を案内する看板も新設されて行事日程が刻まれた。

真っ赤に染まる東明寺の紅葉。

モミジと書いて紅葉と表現するに相応しい景観である。

この年もお寺の要請にありがたく受ける。

矢田の山を歩くハイカーにも見ていただこうと配慮されて扉を開けた東明寺。

機材を設営したときに顔を見合わせた男性。

少年自然の家自然観察友の会に参画していたMさんが婦人を連れて来られていた。

驚くことに14年ぶり。

青年のような顔は変わっていない。

この日に来たのは懐かしい紅葉を見るためで、奥さんとともに樹の下でお弁当を広げていた。

奈良大学付属高校教師を勤める休日癒しのひとときを秋の東明寺の景観に時を過ごす。



何人かの人たちは何があるのか扉の向こうを拝観する。

お寺の傍では数人の人たちが居る。

鎮守社である八坂神社の祭祀をしている東明寺地区の人たちだ。



この日は神社の新嘗祭。

これまでは12月12日であったが諸事情で11月末の日曜日に移った。

数年前に行われていた新嘗祭の直会はお寺の山門下であった



それも変えて八阪神社の境内地となった。

寺と神社の祭祀が融合する日となったのである。

東明寺も神社の氏子。

同一日となった八阪神社の祭礼には母親が列席された。

その母親も寺行事に忙しい。

直会は参加することができない。

廻り当番のトーヤにあたったときにはどうするのだろうかと問うた住職の答えは「なんとかなるだろう」であった。



鉦を叩きながら石段を登っていく僧侶たちは5人。

東明寺住職を導師に矢田寺念仏院、長弓寺、信貴山・・である。

堂内に座った参拝者はおよそ30人。

満席である。

本尊前に座る住職。

要請を受けた僧侶たちはその周囲に座った。

蝋燭を灯され大般若経の転読法要が始まった。



始めに先祖供養の回向である。

お経が唱えられてしばらくすれば散華(さんげ)。

道場を清める散華は仏さんへの供養でもある。

先祖供養、家内安全、身体健全、交通安全、子孫繁栄など施主たちの様々な願いを唱えた後が大般若経の転読法要である。



600巻の般若経を転読する。

経典一巻を順次箱から取り出してパラパラとめくる。

めくるという表現は相応しくないが表現しがたい作法である。

空中から下にあるいは左右へ広げ流すような作法で「だーいはんにゃはらみたきょう・・・ とう(唐)のげんじょうさんぞう(玄奘三蔵)ぶじょやーく だーいはんにゃはらみたきょう・・・」と大きな声で読誦(どくじゅ)する。

大般若経を流し読みをするような作法は転読と呼ばれている。

大きく広げて転読する度に風がまき起こる。

大声をあげるのは煩悩を押し出し、清浄な心と身体になる、という。

一巻を終える度に経典をバシ、バシと勢いをつけて机を叩く。

身も心も引き締まるのである。

5人で転読されるから時間は短縮。

一人でされる場合は2時間もかかる転読法要を終えて般若心経に転じる。

太鼓が打たれて激しさを増す。

奈良時代に始まった大般若経は国家安寧を祈った。

経本を叩くのは煩悩を祓う。

大声をあげて唱えながら経典をパラパラするのは風を起こして賢く健康なるという。



こうして祈祷された般若経は参拝者の肩や背中を叩いてもらうご加持。



家庭円満、健康を授かるのである。

(H24.11.25 EOS40D撮影)

野遊び⑦in矢田丘陵+子供の森

2013年02月03日 05時55分37秒 | 自然観察会
前回も欠席した野遊び自然観察会。

10月はなにかと行事取材で飛び回っているからどうしても参加することができない。

11月は7回目の開催。

参加するのが飛び飛びになってしまう。

この日に集まった親子は4組。

スタッフは11人だ。

この日は天候に恵まれた。

雨が降りそうだったが一日もった。

おかげさまで秋の彩りや味わいを堪能させていただいた一日であった。



出発直後に拝見したスイランの花。

スイランが咲く田園は湿地帯。

葉が長くランに似ているからスイランの名がついた。



その場にはサワヒヨドリも咲いている。



もう少し進んで里道沿いに咲いていたのはミゾソバだ。



さらに歩んでいけばアキノキリンソウもある。



傍らに留まっていたのはヒメシジミ。



そこにはアキノタムラソウも沢山咲いている。



ツリガネニンジンも多く植生する田園。



畑道にはこの年もやさしい姿のセンブリもあった。

薬草のセンブリは希少植物である。

秋の野山はじつに美しい。



そこには可憐なタツナミソウも咲いている。



秋の景観はロマンチックでとても素敵な景観を描く。



今年はあちこちでリンドウが咲いていた。

下草刈りのおかげだろう。



フユノハナワラビも僅かに見つかった。

ネズミサシの大木を見届けて登る道に出る。

ここからは子どもの森に向けて急な坂道を登っていく。

出合う車がときおり遭遇する。

この道は崖に挟まれている。



そこにあったコクラン。

暗がりのなかでよく見つけたものだと感心する。



クチベニタケが崖面を埋めるようにポツポツと見つかる。

モズやコゲラが森林を飛び交っている。



水路にあった赤い実が一つこぼれたツルアリドウシ。



イヌビワとイヌビワコバチは共生だと解説されるが見わけがつかない。



ヤマノイモの恵みもたくさんいただいた。

ヤマノイモは皮ごと食べられる。

始めはサクサクであとから粘ってくる森の恵みだ。

あちこちにはドングリも落ちている。



それを食べているのか知らないがイノシシが登っていった足跡。



下っていった足跡もあった。

山へ登って行ったり来たり。

食べ物を求めて往来しているだろう。

突然に出合ったらどう対応すればいいのだろうか。



フユイチゴは甘酸っぱい。

甘さはそれほどでもないが子どもたちは摘んでは摘んでほうばる。

美味しい山の恵みに堪能する。



ヤブコウジはあるところにあるもんなんだなと思った。

何度となく通る山道もゆっくり歩くことで気がつく。



三枚葉はタカノツメ。



五枚葉はコシアブラ。

判りやすい葉の枚数である。



子供の森の池には小判ではなくつがいのオオバンがいた。

南の池ではヒドリガモ、ヨシガモが泳いでいる。

池にはキセキレイやハクセキレイもいる。

上空を旋回していたのはノスリやトンビ。

カラスに追われていたミサゴも飛んでいた。

ツグミと思われる群れ鳥も飛んでいく。

大樹のシイの実を食べるヤマガラがてっぺんで囀る。

山側の林から飛んできてシイの木へ。

もう一羽がいる。

おそらくつがいであろう。



楽しませてくれたシイ大樹。

実を食べにきたヤマガラ夫妻がてっぺんで囀ってくれたのだ。



ヤブムラサキの裏毛は柔らかい。



ムラサキシキブはそうでもない。



ツチグリのほっぺを押すと煙がでる。



これは何のキノコでしょうか?。



辿りついた光りの向こう。

東明寺の紅葉は何時来ても美しい。



その東明寺にあったタンキリマメ。

痰を切る名は喉に良いからなのでしょうか。



黒い実がとれたクサギ。

ガク片が残っている状態だ。



元屋敷が樹木に埋もれるようになってもニッキはある。



帰り路にみつけたスッポンタケ。

折れた状態であった。

「学名はphallus(男根)やで」と話す子供。

よく調べたものだと感心する。



ヤマトシジミは小さい。



ムラサキシメジが輪生していた地。

樹木の周りを円で描くように輪生している。



最後に拝見したハヤトウリは漬物用。

景色も食べ物も秋をたっぷりと満喫した充実した一日であった。


(H24.11.24 EOS40D撮影)

我が家のシイタケ

2013年02月02日 08時08分14秒 | 我が家の花
中庭のガラス戸を開けて見る朝の景観。

毎日見ておればなんら変わらないが、季節を巡っていく情景だけは見えてくる。

かわり映えしない中庭を眺めているこの日の朝は違った。

廃棄物と思えるような木材が散らばっている。

ほったらかしにしていた原木が横たわる。

そこにあった茶色の姿。

まぎれもないシイタケだ。

朽ちた原木に菌が着床したのであった。

前回が平成22年11月19日だった。

実に2年ぶりのシイタケはたった一つだがとても嬉しい。

そういえば前回もそうだが二日連続の雨。

ある程度の気温と湿気が充足されれば生みだされるということを聞いたことがある。

それが初冬の雨。

刺激がシイタケ菌を発生するらしい。

(H24.11.24 SB932SH撮影)

修理枝の神綱祭

2013年02月01日 06時03分29秒 | 桜井市へ
この日集まった上垣内の人たち。かつては12月8日に行われていた桜井市修理枝の勧請綱掛け。

修理枝の勧請掛けは翌年の1月8日に下垣内が同じ場所に掛けるが房の種類は異なる。

12月は松の房で1月はヤブニッキである。

正月を跨って二つの勧請綱を掛ける地域は修理枝の隣村にある小夫や天理市の上・下仁興、藤井、苣原などが挙げられる。

また、掛ける日を8日と決めているのも特徴である。

8日に行われることから八日講の勧請綱と呼ぶ地域も少なくない。

知られているのは上仁興と桜井市の北白木であるが、北白木は12月8日だけである。

いずれも綱を掛ける場所は地区を流れる川を跨いで掛けるが、新道が開通してからは道を跨るようにしている。

悪いものが下流から入って来ないように川切りをしていたが何時しか道切りになったようである。

修理枝の勧請綱は午前中に八王子神社で新嘗神事を終えてから作っていく。

12月にしていたときはみぞれ交じりの雪が舞うことが多かった。

何年か前に新嘗祭と勧請縄掛けを一日にするようにした。

縄作りの場は公民館。

雨天であろうが雪が降ろうが作ることができる場である。

普段であれば公民館の外で作るがこの日は寒し。

当地では勧請縄と呼んでいる綱を編んでいく。

手に水を漬けて縄ぬいをしやすくする。

いつもなら10人ぐらいは集まると話す。

縄を結って太くしていく縄作り。

縄は粳米の藁である。

太くなった縄は縄を挿し込む2本撚り。

長く、長く伸ばしていく縄は33ヒロ。

長さは60メートルにもおよぶ。

それほど長くするのは掛ける樹木が遠く離れているためである。

修理枝はかつてちえだ村と呼ばれていた。

修理枝の殿さんの名は修理枝。

貴い名前を呼び捨てするわけにはいかず、ちえだ村と称していた。

殿さんが亡くなられて元の修理枝(しゅりえだ)村に戻したという。

細い縄は4本で一つの房となる。

ほどよい長さにした松の枝葉を3本挿す。

それで1足の垂れとなる。

例年であればこれを12垂れ。

旧暦の閏年であれば13垂れとなる。

縄掛けのこの日は閏年の年であるが12垂れ。

翌年が正月を迎える年が普段であれば12垂れで閏年は13垂れとなるのである。

元々は12月8日に掛けていた。

12月は翌年を奉る勧請縄なのである。



勧請縄が出来あがれば八王子神社に持っていってお祓いをしてもらう。

笠の宮司さんが神職を勤める。

修理枝は石上神宮の布留郷であるが笠の宮司に来てもらっている。

石上神宮との関係は区長一人。

かつて神宮の祭りには人足を提供していたが、今は区長が参拝するよばれに招かれるという。

八王子神社の鳥居には竹を立てて注連飾りを張っている。

先月に行われた祭りの名残だという。

正月が明けてもそのままにしていおくという。

その横にあるヤカタ。

石仏が納められていると思ったがそうではなく水揚げポンプ。

神社を上がる階段は急な段。

手水舎へ水を汲むことが難儀になったことから建てたという。

祠のように見える建物は水の神さんになったと笑顔で話す。



作った勧請縄は拝殿前に置いて幣を挿す。

そうして登壇した氏子たち。

神妙な面持ちで神事を受ける。



それゆえこの日の神事は神綱祭と呼んでいる。

お祓いを受けた勧請縄を担いで出かけた先は神社下の狭隘な地。

二手に分かれて縄掛けをする。

一方の人たちは対岸に着く。

竹林に覆われた向こう側の作業。

竹に阻まれて降りることもできない。

太めの木にロープを結わえて下方の川に放り投げる。

これもまた竹に阻まれて落下する。

トライするも遠くへは飛ばないのだ。

竹を伐採するなど急な処置。

何度かのトライでようやく届いたロープが下方に垂れる。

それを引き上げる手前側の人たち。



ここは修理枝を流れる小さな川。

降った雨でジュクジュクな地はブーツ履きでないと歩けない。

普段なら水が流れていないほどの水無し川。

川上の地はミズナシと呼ぶ。

本来は前田川と呼ばれているが、雨が降ったときしか水が流れないからミズナシガワと今後は呼ぶかと話す。

(H24.11.23 EOS40D撮影)