俺ティム・サンブレード、脱獄囚年齢27歳。ルイジアナ州のアチャファラヤ川の堀削リグで石油堀の仕事をやったあと、小さな町クロッツスプリングスの小さなホテルに泊まり、そこで娼婦を買った。
その娼婦は、ヴァージニアというブロンドの白人。なかなかいい女だよ。色は白いしスタイルはいい。なぜこんなところで商売するのか不思議だけどね。
朝シャワーを浴びているとヴァージニアもはいってきて、一夜で終わるはずがなんと高級車のパッカードに乗って、コロラド州のデンバーを目指しているんだ。どうしてかと言うと、ムショ仲間が言う現金輸送装甲車を襲うという話があるからだ。ただ、その仲間も脱獄のとき、監視塔からの銃撃で死んでしまった。それをどう実現するか、考えているところだ。
その前にやることがいくつかある。大型のハウストレーラーを買い、それを頑丈に改造することだ。改造したハウストレーラーに現金輸送装甲車を隠して、パッカードでけん引する。そのためには住むところとハウストレーラー改造に役立つ働くところが必要だ。
コロラド州デンバーで借家があった。ねずみ色のレンガでできた家具付きの小さな家。高級とはいえないにしても上等な地域で、誰もが庭に出てはスプリンクラーやホースで水を撒く。中流階級の集まりといったところか。近所には新婚一か月と言ってある。
仕事も見つかった。その工場ではサトウダイコン運搬用トラックの車体を製造している。そこで俺は油圧式の剪断機の操作をする仕事についた。願書を提出して医師の健康診断を受けたとき、俺は背が高く、すらりとした長い脚をしている一方で、胸と肩が発達しているらしい。最高の剪断屋になるだろうとも医師は言った。ハウストレーラー改造にはうってつけに思われた。
ここにくるまでにヴァージニアと少々荒っぽいことがあった。ニューメキシコ州のコロラド州に近いラトンという町でだった。グレイハウンド・バスも停まるカフェやバーもある休憩所。俺はバーに入った。ハンドバッグをがさごそとやってたヴァージニアが「煙草を忘れたみたい。すぐ戻ってくる」といって出ていった。
俺はバーカウンターでウィスキーのI・W・ハーパーをちびりちびりとやっていた。何気なく振り向くとヴァージニアがツイードのジャケットを着た男と話している。ふと思った、ヴァージニアを置き去りにするチャンスかも。俺はヴァージニアを横目で見ながら店を出た。
パッカードはニューメキシコの5月の風のなか快調に飛ばした。気分も爽快、ラジオのスィッチを入れた。カントリーの「あなたにお金があるというのなら、ハニー、私には時間がある」というフレーズが流れる。これはヴァージニアが言っていた言葉だ。
ふと頭の片隅で“ガードルの金“が浮かんだ。車を路肩に寄せてグローブボックスを開けた。タバコ、懐中電灯、スミス&ウェッソン357マグナム・リボルバーのほかには何もなかった。先日買い物をしたとき衣類とともにガードルも買って、その中に1700ドルを隠してある。
俺は「クソ、あのアマめ!」とぼやきながら車をUターンさせた。カーターズヴィルの「ステーキと酒とダンス」を看板に掲げた店の前にビュイックが2台、ジャガーのスポーツ・カー、プラム色のXK120が1台停まっていた。ジャガーはツイードを着たヤツのだろうと見当をつけて店内に入った。ボックス席にヤツとヴァージニアがストローでなにかを飲んでいた。俺はヴァージニアの横に座り、ヤツのグラスを取りストローを捨ててぐいと飲んだ。
ヤツを追い出した後、コロラド州に入りどこか寂しいところを探した。道路からガタガタ道に入り車を停めた。
「ガードルでしょ?」とヴァージニア。
「そうですよ、奥様」と俺。
彼女を引き寄せようとしたら、俺の口を殴ってきた。そして逃げ出した。追いかけてタックルで倒し殴り合いの末、ガードルを取り戻した。その時、ヴァージニアが体を俺に押し付けてきた。このとき初めて娼婦の演技でなく、恋人とのデートのように愛を求めてきた。俺は思った。彼女はまた何か企んでいるのか。
とにかく現金輸送装甲車強奪は、ヴァージニアの協力がないと成功しない。なにせ彼女の運転はうまいし演技もそこそこできるとなれば放っておくことはない。
こじゃれた家から毎日剪断機の操作とハウストレーラー改造に精を出し、無事微笑みと握手で退職した。それからはパッカードに乗り現金輸送装甲車の行動をつぶさに観察することだ。現金輸送装甲車は、一定のコースを定まった時間に巡回しながら現金を回収しているらしい。オフィスビルや商店、大型商業施設や映画館、医院、病院などだ。
汚れた紙幣があるのがねらい目だ。四週間のチェックで確信を持った。最後の立ち寄り先州議事堂近く、三階建ての建物だ。細かいことは割愛するが、現金輸送装甲車に高齢に男の死体を乗せて隠家に戻った。早速中身を調べて、現金は18万ドルが入っていた。
ハウストレーラーと中の現金装甲輸送車それに老人の死体を、かねて見つけておいた立て坑に捨てた。180メートルもある立て坑だから発見される心配はない。 と思い込んだ俺。
その後のニューオーリンズでの酒とセックスに明け暮れた話は割愛する。立て坑に捨てた物体を、どうしても見たかった。俺とヴァージニアは、雪の斜面を腹ばいになって覗き込んだ。そこには深遠な暗黒の世界があるだけだった。
ヴァージニアは解放された気分だという。そして踊りだしてだんだん穴の縁に近づいていく。凍り付いたつるはしの柄が見えないようだ。ブーツがその柄に引っかかった。ヴァージニアは回転し暗黒に落ちていった。
俺はなにが何やら分からなくなった。雪の斜面をゆっくりと登ってくるFBIのクレル・ドゥーリーを見つめた。俺は心底喜んだ。俺は彼に「ヴァージニアを見なかったか?」と聞こうとしたが、彼は黙って俺に手錠をかけた。(あまりの衝撃の強さで、ティム・サンブレードは狂ったのかもしれない)
この作品は1953年に上梓され1人称で語るものだ。犯罪者のロード・ノベルだが文庫本300頁の小品ながら、登場人物のひそやかで激しい心の動きに魅了される。この本を文芸評論家の吉野仁が詳しく解説しているところから、この本の奥深い点が見える。
ちなみに「 あなたにお金があるというのなら、ハニー、私には時間がある」というのは、1950年レフティ・フリゼルが歌うカントリー・ミュージックの題名(If you got the money I've got the time)そのものなのだ。この曲はYouTubeで聴けるが何度も聴きたいとは思わない。
著者のエリオット・チェイズは、1915年ルイジアナ州生まれ。従軍時は日本の占領軍に参加。戦後、作家として活動を開始し、1953年に発表した『天使は黒い翼をもつ』でゴールド・メダル・ペイパーバック賞を受賞。その後、コラムニスト、ジャーナリスト、編集者として活躍したのち、1980年代にはミステリーの執筆に復帰した。1990年、74歳で死去。