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読書「ボタニストの殺人THE BOTANIST」M・W・クレイヴン著 ハヤカワ・ミステリ文庫2024年8月刊

2024-12-28 11:30:24 | 読書
 ボタニストとは、「植物学者」。殺人予告に花の絵と押し花が同封されることから犯人像をそう呼ぶ。実際に犯人とされる人物は、創薬科学者で頭抜けて頭のいい男フレデリック・ベック。頭が狂っているのは確かだが、殺人方法は通常の処方薬に似せた劇薬をカプセルに入れるというもの。しかもその薬が胃の中に入っても、時間の調節も可能というから実に恐ろしいのである。

 頭のいい犯罪者に向かう捜査機関は苦労させられる。しかし、強力なメンバーを持つNCASCA(国家犯罪対策庁重大犯罪分析課)には、ワシントン・ポー部長刑事、ステファニー・フリン警部、ティリー・ブラッドショー分析官たちが、緻密な分析と卓越した判断力でまるで鋭い嗅覚の猟犬のように事件を追う。

 ここに同時に二つの事件を抱え込む事になったNCASCA。ボタニスト事件とポーと親しい病理学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で拘束される事件なのだ。ポーとドイルは微妙な関係でいる。恋愛感情の萌芽が見え始めているという段階。

 この著者は、ワシントン・ポー、ステファニー・フリン、ティリー・ブラッドショーの具体的な容貌の説明がない。過去の作品であったかもしれないが、覚えていない。ポーは周囲が羊の放牧場で古民家のような家に一人で住んでいて、年齢は40代後半の気がする。フリン警部も子供が生まれたというからポーと同年代かもしれない。ブラッドショーはまだ20代の天才数理学者。世間知らずなところがあって周辺に波乱を起こす。

 巻末の解説に「読んでいる最中ずっと楽しい。振り切った娯楽小説である」と書評家の酒井貞道が述べている。まさのその通りで、活字を追うのが楽しい。そして物語の流れは、意外性を伴って二つの事件が完璧につながるのは見事。男女のほのぼのとしたやりとりに、自らの若き頃を思い出しながらニヤリとするのである。また、ワシントン・ポーのお気に入り曲スティック・リトル・フィンガーズの「ティン・ソルジャーズ」ということなので気持ちは若々しいということだろう。その曲を聴いてみましょう。

 著者マイク・W・クレイヴン(Mike W. Craven、1968年 - )は、イギリスの作家。彼は、Washington Poe シリーズと DI Avison Fluke シリーズの著者で、2019年には、小説『The Puppet Show』が犯罪作家協会ゴールドダガー賞を受賞した。
 クレイヴンはカーライルで生まれ、ニューカッスルで育った。16歳で英国陸軍に入り、1995年に除隊し、犯罪学、心理学、薬物乱用を専門とするソーシャルワークの学位を取得した後、ホワイトヘブンのカンブリア保護観察局に保護観察官となった。16年間の勤務の後、副最高経営責任者の地位のあと作家に転進。
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読書「死はすぐそばにCLOSE TO DEATH」アンソニー・ホロヴィッツ著 創元推理文庫2024年9月刊

2024-12-16 11:02:27 | 読書
 ロンドンの高級住宅地リッチモンド。その中のテムズ川に面したリヴァーヴュー・クロースというアーチ型の電動門扉に守られた一画がある。川べりに鬱蒼とした樹林があって、リヴァーヴューと謳いながらテムズ川が見えない詐欺的ネーミングの場所なのだ。

 その中に花壇を取り囲むように、6軒の大小様々な瀟洒な住宅が建ち並んでいる。時計回りに歯科医のロデリック・ブラウンとその妻フェリシティ。特異な古書店を営むメイ・ウィンズロウとフィリス・ムーアの二人の老夫人。元法廷弁護士のアンドリュー・ペニントン。チェスのグランドマスターアダム・シュトラウスとテリ夫妻。医師のトム・ペレスフォードと宝飾デザイナーの妻ジェマ。最近引っ越してきたテムズ川に面した広大な敷地に建つヘッジハンドマネージャー ジャイルズ・ケンワージーとその妻リンダの家族。

 早朝午前4時、リバーヴュー・クロースの住民をたたき起こしたのがヘッジファンドマネージャーのジャイルズ・ケンワージ。ポルシェから鳴り響く2016年に活動を休止したワン・ダイレクションの「Best Song Ever」なのだ。他の住民からは非常識だの声が上がる。これだけではない。私道(勿論ケンワージー家の)に止めた車のせいで、医師のロデリックが出勤の時苦労するという。ある時そのせいで救急患者が死亡するということもあった。本人に抗議しても、馬耳東風で誠意のない態度をとる。そこへ景観を壊すであろう、プールの造成ときた。住民たちの不満が沸点に近づいた。

 そんな時、クロスボウで喉を射抜かれて殺されたジャイルズ・ケンワージーが発見された。担当するのはロンドン警視庁の顔ともいえる存在のタリク・カーン警視。有能なカーン警視にしてもリバーヴュークロースというある意味密室殺人に近い状況は難題と言える。助手のルース・グッドウィン巡査が察したように「ホーソーンを呼んだらどうでしょう」。

 かくしてホーソーンと助手のジョン・ダドリーの登場となる。私は退屈な気分とともに活字を追っていた。やっと事件が起こった。住民全員が容疑者であり、密室ミステリが展開され、二転三転の末ようやく結末に至る。不満もないわけではないが、ラストシーンが秀逸なのだ。その場面を読んでいて映画の一シーンを思い出していた。それは「第三の男」のラストシーンなのだ。1949年にジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ、名優オーソン・ウェルズの出演で製作された。ほんとに印象的なシーンだった。「第三の男」の詳しいことはウィキペディアで、ラストシーンはYouTubeにありますので載せておきます。

 また、密室ミステリについて著者は、「近年になってわたしは、最高の密室ミステリは日本から生まれていると考えるようになった」として、島田荘司「斜め屋敷の犯罪」やこの分野の名手として横溝正史の「本陣殺人事件」を作中で言及し、とてつもない才能だと絶賛している。なかなか嬉しい指摘ではある。それでは大音量で住民の目を覚ましたワン・ダイレクションの「Best Song Ever」を聴いていただきましょう。

 著者のアンソニー・ホロヴィッツは、イギリスを代表する作家。ヤングアダルト作品(女王陛下の少年スパイ!アレックス)シリーズがベストセラーに。また、人気テレビドラマ「刑事フォイル」の脚本、コナン・ドイル財団公認の(シャーロック・ホームズ)シリーズ新作長編「シャーロック・ホームズ 絹の家」などを手掛ける。アガサ・クリスティへのオマージュ作「カササギ殺人事件」では「このミステリーがすごい」「本屋大賞(翻訳小説部門)の1位に選ばれるなど、史上初の7冠を達成。その続編の「ヨルガオ殺人事件」も絶賛を博した。また、( ホーソーン&ホロヴィッツ)シリーズ「メインテーマは殺人」「その裁きは死」でも、年末ミステリランキングを完全制覇している。


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読書「告発者The Whistler」ジョン・グリシャム著 2024年11月新潮文庫刊

2024-12-04 13:27:40 | 読書
 司法審査会に告発状が届けられた。女性判事のクローディア・マクドーヴァーの不法な手段で私腹を肥やしているというもの。その背景には広大なインディアン居留地にあるカジノ、ゴルフ場、ショッピングモール、高級マンション群を支配しているマフィアのヴォン・デュボーズの存在がある。

 司法審査会は、調査に権限はあっても捜査の権限はない。従って銃の所持はない。しかし、調査の結果判事を辞めさせることはできる。そして今、調査官のレイシー・ストールツは、予算削減のあおりを食らって公用車廃止で自前の車、トヨタ・プリウスのハンドルを握っていた。衛星ラジオからはソフト・ジャズが流れている。助手席には黒人の大男ヒューゴー・ハッチが眠っている。四人の子持ちで最近生まれた子の夜泣きに悩まされ、睡眠不足を補うのがこの長距離出張なのだ。

 フロリダ州にある観光都市セントオーガスティンのマリーナに着いた。パナバ帽の下からもじゃもじゃとした髪がはみ出し、ショート・パンツにサンダル、派手な花柄のシャツ、太陽の下で長時間過ごす皮膚が赤銅色でパイロット・サングラスをかけた60代の男がうなずいて握手の手を出してきた。この男が告発者の元弁護士のグレッグ・マイヤーズ。

 レイシー・ストールツは34歳の美人。自らも認識していて、それを大いに利用してもいる。とはいっても私生活は良好にコントロースしていて、ベッドへの誘いは簡単には応じない。こういうタイプの女性はツンとしていて、近寄りがたい印象を持つがストーリー展開でも気の利いたユーモアも発していないことから、ジョン・グリシャムの人物造形もツンツン女なのだろう。

 そんなある日、司法審査会の委員長マイクル・ガイスマーに電話があり、カジノに勤務するインディアンと言い情報があるという。そこでレイシーとヒューゴーが出向いた。午後10時56分、情報提供者の男が指示を出してきた。対向車とぎりぎりすれ違える細い道を走ると、ヘッドライトに浮かび上がったのは古びた金属壁の建物だった。車を降りて近づくと影に男がいた。目深にキャップをかぶっていて、顔は見えない。男はいろいろと質問をしてきたが、突然姿を消した。なんの収穫もなかった。

 二人は元の道に戻った。突然強烈はヘッドライトの光を浴びると同時に衝突の衝撃でプリウスは180度回転した。助手席のヒューゴーはシートベルトの故障でフロントガラスを突き破り瀕死の状態。レイシーもエアバッグが作動して顔面に裂傷を負い気を失った。救急搬送の結果、ヒューゴーが死に、レイシーは一命をとりとめる。二人が所持していたスマホが発見されないこととレイシーのおぼろげな記憶の二人の男の存在から、殺人事件とされFBIの手に渡る。

 レイシーに気のあるFBIタラハシー支局特別捜査官アリー・パチェコが精力的に動き始める。上下二巻の文庫本で下巻の方は、淡々とFBIの捜査が進捗する様子が描かれるが、全体に余情も乏しいし迫力も感じなかった。レイシーをもう少し魅力的に描かれればいいかもしれない。当然こういう設定では悪は滅びるのである。

 そしていつも感じることではあるが、ミステリー本とはいいながらそれぞれの国の現実が垣間見られることだ。この本から拾い上げてみると、インディアン居留地のタッパコーラ族の話が出てくるが、今彼らをネイティブアメリカンと呼び人種差別はないよと言いたげだが、ジョン・グリシャムによると、彼ら自身は「インディアン」と自称しているらしい。そりゃそうでしょう500年以上も前にコロンブスが大陸を発見した時、先住民たちを「インディアン」と呼んだんだから、誇り高きインディアンなのだ。

 最近では「自家用車」という言葉を聞かなくなった。一家に一台の車が当たり前になったからかもしれない。とはいっても車によるランク付けはあるように思える。悪徳判事クローディア・マクドーヴァはレクサス、レイシーはプリウスが全壊したので、マツダのハッチバックに買い替えた。かつての公用車がホンダ車だ。ジョン・グリシャムはよほど日本車が好きなのか。

 それとデートでワインを飲む。レイシーとパチェコとの食事もワインが欠かせない。アメリカ人もヨーロッパ人並みになったのか。そんなあれやこれやを考えるというわけ。

 では、気を取り直してスロー・ジャズでも聴きますか。Beegie Adairの「スター・ダスト」なんかは如何でしょう? こういうスローテンポの曲を聴くと、20代か30代に戻って目と口元がキレイな女の子と踊ってみたい気もするが!!!どうぞ想像をたくましくしてお聴きください。

著者ジョン・グリシャムは、1955年生まれ。ミシシッピ州立大学、ミシシッピ大学ロースクールを卒業。’81から’91年まで弁護士として活躍、’84から’90年まではミシシッピ州下院議員もつとめた’89年に「評決のとき」を出版し作家デビュー。著作に「法律事務所」「ペリカン文書」「依頼人」「自白」「危険な弁護士」など多数。

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