ボタニストとは、「植物学者」。殺人予告に花の絵と押し花が同封されることから犯人像をそう呼ぶ。実際に犯人とされる人物は、創薬科学者で頭抜けて頭のいい男フレデリック・ベック。頭が狂っているのは確かだが、殺人方法は通常の処方薬に似せた劇薬をカプセルに入れるというもの。しかもその薬が胃の中に入っても、時間の調節も可能というから実に恐ろしいのである。
頭のいい犯罪者に向かう捜査機関は苦労させられる。しかし、強力なメンバーを持つNCASCA(国家犯罪対策庁重大犯罪分析課)には、ワシントン・ポー部長刑事、ステファニー・フリン警部、ティリー・ブラッドショー分析官たちが、緻密な分析と卓越した判断力でまるで鋭い嗅覚の猟犬のように事件を追う。
ここに同時に二つの事件を抱え込む事になったNCASCA。ボタニスト事件とポーと親しい病理学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で拘束される事件なのだ。ポーとドイルは微妙な関係でいる。恋愛感情の萌芽が見え始めているという段階。
この著者は、ワシントン・ポー、ステファニー・フリン、ティリー・ブラッドショーの具体的な容貌の説明がない。過去の作品であったかもしれないが、覚えていない。ポーは周囲が羊の放牧場で古民家のような家に一人で住んでいて、年齢は40代後半の気がする。フリン警部も子供が生まれたというからポーと同年代かもしれない。ブラッドショーはまだ20代の天才数理学者。世間知らずなところがあって周辺に波乱を起こす。
巻末の解説に「読んでいる最中ずっと楽しい。振り切った娯楽小説である」と書評家の酒井貞道が述べている。まさのその通りで、活字を追うのが楽しい。そして物語の流れは、意外性を伴って二つの事件が完璧につながるのは見事。男女のほのぼのとしたやりとりに、自らの若き頃を思い出しながらニヤリとするのである。また、ワシントン・ポーのお気に入り曲スティック・リトル・フィンガーズの「ティン・ソルジャーズ」ということなので気持ちは若々しいということだろう。その曲を聴いてみましょう。
著者マイク・W・クレイヴン(Mike W. Craven、1968年 - )は、イギリスの作家。彼は、Washington Poe シリーズと DI Avison Fluke シリーズの著者で、2019年には、小説『The Puppet Show』が犯罪作家協会ゴールドダガー賞を受賞した。
クレイヴンはカーライルで生まれ、ニューカッスルで育った。16歳で英国陸軍に入り、1995年に除隊し、犯罪学、心理学、薬物乱用を専門とするソーシャルワークの学位を取得した後、ホワイトヘブンのカンブリア保護観察局に保護観察官となった。16年間の勤務の後、副最高経営責任者の地位のあと作家に転進。