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ミステリー ジム・フジッリ「NYPI」

2006-01-20 12:55:30 | 読書
 ニューヨークの街を歩き回り、何気ない日常を風景に溶け込ませて、読者に情感を届けてくれる。 
 
 ”私たちはどんよりとしたグリニッチ・ストリートに足を進め、ウェルシュコーギーの赤い紐をパーキングメーターの柱につなごうと躍起になっている、茶色のスーツを着た頭の薄い男のそばを通り過ぎた。
 前方に目をやると、四角いパン屋のトラックの運転手がイングリッシュマフィンを満載した配達ケースをグリステーデの店へ搬入していたり、通りの東側にあるレストランへ二人の韓国人が新鮮な野菜をせっせと運びこんでいたりしていた。
 十月の半ばともなると、セントラル・パークとその東側にあたるアッパー・イーストサイドを分けて南北に走る5番アヴェニューは、モノクロと鮮やかな色彩のぶつかり合いとでもいえそうな観を呈する。アヴェニューの上に枝を張り出す頑強な木々は、緑だった葉を目の覚めるような黄色や赤に変じ、それはやがて茶色くなっていくが、そうなってもまだ葉はたっぷりと残っていて、しらじらとした秋の日ざしがまったくさえぎられずに地表にとどくことはない。”

 次のようなジョギングの場面になると、もうこれは詳しい市街地図が必要になる。
 “ゆっくりと走り出して、東のワース・ストリートへ向かい、玉石敷きの歩道に乗り上げて駐車している配送のヴァンのかたわらを通りすぎて、新たな移民たちや野心に燃える市民たちが不ぞろいな列をなして群れている、連邦政府庁舎の落とす長い影のなかを走り抜けていった。
 南にあるウールワース・ビルディングやウォール・ストリートの方へぞろぞろ歩いていく人波の隙間を縫って、なおも走りつづける。正面の壁面に浅浮き彫りのあるアールデコ調の保健省ビルディングの前を通りすぎ、トゥーム刑務所までたどり着いたところで、パーク・ロウにはいって、その道を南へ向かった。”

 走っているのは、主人公のテリー・オア。作家だったが、地下鉄構内で浮浪者の男に息子のディヴィーの乗った乳母車を列車が入ってきたとき突き落とされ、とっさに助けようとした妻マリーナもともに失ってしまう。目撃者が多いにもかかわらず証拠不十分で、警察の捜査は鈍い。警察は頼りにならん、それならというわけで私立探偵の免許を取り犯人探しを始める。

 始めてみると縄張り意識の強い警察のことだから、自分たちの怠慢を棚に上げて深入りを軟らかく忠告したりする。亡きマリーナのよき理解者で画廊のオーナーであるジュディスが爆破で大怪我をする事件が発生する。いまや誰に頼まれたものでもない二つに事件を手がけることになった。
 派手な銃撃戦やカーチェイス、暴力はない(暴力はほんの少し)。テリー・オアの愛娘ベラや友人の60年代から70年代前半を専門とするロック音楽評論家のディッディオ,レストランのオーナー レオ・マラードなどとの交流をユーモアのある文体で描いている。

 亡き妻への日々の報告を兼ねた届かないラブ・レターは、哀切に満ちたもので、他の女性に見向きもしない。爆破事件は調査の甲斐あって解決するが、妻と息子を突き落とした事件は未解決のままだ。ちなみに題名の「NYPI」は、New York Private Investigatorの略で著者の造語。正式ではない。

 著者は、ニュージャージー生れ。ニューヨーク在住。本書から始まった‶テリー・オア″の物語は全米の各紙誌でも大好評をもって迎えられ、現在‶A well-known secret″ ‶Tribeca Blues″ ‶Hard,hard city″と続く人気シリーズとなっている。‶ウォール・ストリート・ジャーナル″にポップスとロックに関する批評も寄稿、目下ブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズの‶ペット・サウンズ″についての著作を準備中とのこと。