ローレンス・ブロックには、マット・スカダー・シリーズ、泥棒バーニー・シリーズ、快盗タナー・シリーズ、殺し屋ケラー・シリーズ、その他長編・短編がある。
「石を放つとき」は、過去の短編を集めたもので、表題の「石を放つとき」が初出となり、異彩を放っている。本書は、元ニューヨーク市警刑事のマット・スカダーが主人公で、現役当時から法律を厳格に適用する超真面目人間ではなかった。黒い金でなければ、一般市民が差し出すお礼の金品程度は快く受け取る男なのだ。警察を辞めて私立探偵としているが、無許可の仕事を平気で営む。
結婚生活も破綻しているが、現在の妻は元娼婦というからかなりの異端児だ。マンハッタンやブルックリンのバーやクラブ、レストラン、一般の食堂に至るまで、知り尽くしたニューヨークを詩情豊に描かれる。
さて、中でも異質な「石を放つとき」に触れてみよう。マット・スカダーの妻エレインが元娼婦というが、電話の依頼に応じるコールガールが正しい職業だ。テレビドラマで見る街頭に立つ娼婦とは、一線を画する。
日本では1999年改正風適法施行で、客の依頼で自宅やホテルに風俗嬢を派遣して性的サービスを行うデリバリー・ヘルスが届け出制で現存している。
エレインには相談を受けている元娼婦の女の子がいる。名前はエレン。ハニーブロンドの髪を肩まで伸ばした、いかにも目の保養になりそうな体形の女性。
そのエレンが私立探偵のマット・スカダーに助けを求める。エレンがコールガール業を廃業すると客の男に告げてから、その男が「俺専属になれ」とストーカーのようにつきまとうので、何とかして欲しいというものだった。
本名も住所も電話番号も勤務先も分からない。男の写真もない。さてスカダーは一体どうするのか。警察には似顔絵かきを専門にする署員か、委託している専門家がいる。その中の一番腕のいい専門家に似顔絵を描いてもらった。エレンに言わせると、写真のようにそっくりと言う。
これを手掛かりに一件落着と相成った。それまでエレインとエレンを交えた会話には、「ファック」「マスターベーション」「アナルセックス」「しゃぶる」という単語が頻繁に出てくるが低俗な雰囲気ではない。しかもマット・スカダー好みのエレンを交えた3Pで大満足の結末に驚くしかない。
エレンが帰った後、エレインとスカダーの会話
エレイン「少しも後悔してないわ。彼女のことが本当に好きだもの」スカダー「私もだ」
エレイン「彼女とファックできない理由なんてどこにもない」
スカダー「実際のところ、きみは彼女が売春をしないよう手を貸しているだけなんだから」
エレイン「一日コツコツと。私たちがするべきことは、まさに彼女が書置きに書いたことよ。そのうち電話すること」
スカダー「なるほど。でも、彼女がきみと私のことをマミーとダディと呼びたいと言い出したらどうする?」
エレインは首を傾けた。「マミーとダディね。まったくね。でも、そんなこと誰にわかる?わたしたち、そう呼ばれることがむしろ好きになるかも」
二人の年齢を推測するとマット・スカダー80歳近辺、エレイン60代。もう老境に入った二人には、エレンが自分たちのかわいい子供に思っているのかもしれない。
ローレンス・ブロックの略歴をウィキペディアから、「ニューヨーク州バッファロー出身。1960年よりペーパーバック・ライターとして娯楽小説にて作家デビュー。作品はニューヨークを舞台にしたものが多く、主人公も探偵、空き巣、殺し屋など様々な設定がある。中でも、「マット・スカダー・シリーズ」と「泥棒バーニイ・シリーズ」で人気を集めた。
『八百万の死にざま』、『死者との誓い』でシェイマス賞最優秀長篇賞。『倒錯の舞踏』でエドガー賞 長編賞を受賞。1994年には、MWA賞 グランドマスター(巨匠)賞を授与。また2002年には、PWA 生涯功労賞を授与されている。
「ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門」(原題はTelling Lies for Fun & Profitで、直訳すると「おもしろくて得をする嘘をつくこと」)は、エンターテインメント小説の書き方の解説書であるだけでなく、彼の小説論・作家論が書かれており、彼の作品をよりよく読み理解するためにも、大変参考になる。2007年公開の映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』では、同作品の監督ウォン・カーウァイと共に脚本を手掛けた。