風邪をひいているわけではないが
ぼくは今日は外に出たくない。
家にとじこもって なにを考える
なにをするでもなく音楽に耳をすましている。
そんな日が 少しずつふえていくのはなぜだろう。
十一時になったら ドアを開けて出ていこう。
それが十三時になり 十四時になる。
聞こえるか聞こえないかのピアニッシモが剃りのこした無精ヒゲを震わせる。
レコードがフォルテシモにさしかかると
スズメたちの囀りがピタリとおさまる。
ことばの中の水たまりを ミズスマシがすいすい泳ぐ。
なにも予定のない一日は若い女の肌のようにすべすべして
座る人のいない象牙色のベンチや
しみだらけのドイツ語の辞書や
去年写したネガフィルムの切れ端がその向こう側へと落下していく。
音楽が終ると ぼくの思いだけが空転する音が聞こえる。
外に出たくないこんなやりきれない一日のへりを
渡り鳥が列をつくって南の空へと渡ってゆく。
あのうしろへくっついて どこかへ飛翔できたらいいのに。
ものを食べる人と鳥の哀しさ。
あれにも飽きて これにも飽きた心の捨て処を
さてもさてもどうしたものか。
昨日から今日へと色の褪せた虹が架かっている。
そこからおっこちてしまったぼくが
上空を飛ぶ鳥にはよく見えるだろう。
曇っていた空が晴れ まもなくまた雲におおわれてゆく。
そのくり返しを音楽にしたら こんな曲になるのだろう。
晴れのち曇り 曇りのち晴れ。
冬鳥が北へ帰るころになったら出ていこう。
この奇妙な けだるいたまり水の中から。
※写真と詩のあいだには直接の関係はありません。