フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2月21日(月) 曇りのち晴れ

2011-02-22 08:31:18 | Weblog

  7時、起床。クリームシチュー、パン、オレンジジュースの朝食。大田区男女平等推進区民会議の報告書の「はじめに」の原稿を書いて、メールで担当課に送る。
  昼食は妻がジムの帰りに買ってきた握り寿司。息子が足が痛いと言っているのでどうしたのかと聞くと、昨日、大学の研究室の面々と高尾山に登ったのだという。この寒いのによくやるよと思う。何かのノリで登ったに違いないが、高尾山とはいえ冬山である。甘く見てはいけない。
  昼食のあと昼寝をしてから、ゼミ論集に載せるゼミ生の一人一言の原稿を編集する。ようやく先日、最後の一人が原稿を送ってきたのだが、ゼミ仲間とトルコに10日間ほど旅行に行っていたとのこと。以前、トルコに旅行に行って帰ってきた学生から「先生はトルコ人に似てますね」と言われたことを思い出す。本当にそうなのか、聞いてみよう。
  今回、ゼミ論を書いた18名の学生は、全員、2007年4月に入学した文化構想学部第一期生で、当然、ゼミ一期生でもある。ゼミは2年次の秋に選考が行われ、3年次・4年次と2年間にわたって継続される。半期の授業がほとんどを占めるカリキュラムの中にあって、ゼミは特異な存在である。おそらく学生たちにとってゼミはサークルと並んで大学生活における「居場所」として機能しているのではないかと思う。
  ゼミの担当教員にとっても、2年間継続するゼミというのは初めての経験だった。旧学部(第一文学部・第二文学部)時代にもゼミと称される授業はあったが(卒論ゼミや調査実習ゼミなど)、それらはどれも1年間で終るものであった。2年間のゼミというものをどう運営していったらよいのか、確固たるノウハウがあったわけではない。とくに2年目からは4年生(一期生)と3年生(二期生)という二階建ての構造になったので、2つの学年を時間的・空間的にどのように分離ないし融合してやっていくかで頭を悩ました。結局、6限は3年生クラスを指導し(4年生クラスは自主ゼミ)、7限は4年生クラスを指導する(3年生クラスは自主ゼミ)というのを基本パターンとしたが、この分離方式が最善であったとは思わない。これからも、まだしばらくは試行錯誤が続くと思う。

  6時半から、大田区男女平等推進区民会議。次期プランの最終案の説明を受け、区民会議の報告書について審議する。来月の終わりに、もう一度、最後の区民会議を開くことになった。2期4年間務めた仕事がようやく終る。


「歓迎」で広東麺を食べてから帰る