前回取り上げた大菩薩嶺から下山した後、登山の汗をどこで流そうか思案したところ、せっかく甲州にいるんだから、鉱泉の水風呂に浸かって筋肉をクールダウンするのも良いだろうと考え、甲府盆地の北縁に位置する一軒宿「岩下温泉旅館」にて日帰り入浴することにしました。えっ?こんなところに旅館なんてあるの?と疑いたくなるような、狭い路地を抜けた集落の一角に佇むこちらの旅館は、なんと1700年の歴史を有する甲州最古の湯であり、武田信玄の隠し湯の一つでもあるそうなんですが、武田信玄が生まれるよりもはるか以前から存在していたわけですから、隠し湯もヘチマもありませんね。
建物は立派な鉄筋造の本館と、昭和初期に建てられた旧館のふたつに分かれており、本館は宿泊専用、旧館は日帰り入浴専用として使い分けられています。今回は日帰り入浴での利用ですので、私は旧館へ赴いたのですが、この時館内には係員さんがいらっしゃらなかったので、一旦本館で支払いを済ませてから、改めて旧館へと向かったのでした。
昭和初期に建てられた趣きと貫禄を兼ね備えた旧館。なお宿泊客は無料でこちらも利用が可能なんだそうです。
折しもこの日は正面玄関および館内が内装工事中でして、玄関ではなくその左にある勝手口みたいなところから出入りしました。
裸電球ひとつだけが黒光りする廊下を照らしています。そんなレトロな雰囲気の廊下を進んだ突き当りの右に後述する大きな源泉風呂、左に男女別の内湯があります。まずは山でかいた汗をきっちり洗い流す必要がありますので、内湯から利用することに。
タイル貼りの内湯には浴槽が2つ、洗い場のカラン(お湯と水)が2セット設けられており、カランにシャワーは無く、備品も石鹸のみです。かなり古いお風呂ですが、室内はよく手入れされていて綺麗です。
2つある浴槽のうち、奥側の青いタイルが貼られた2人サイズの槽は加温槽でして、源泉温度が28℃しかないため、入浴に適した温度(41~2℃)まで加温の上で循環されています。
一方、その手前に据えられている黄色いタイルの槽は28℃の源泉をそのまま投入しているものであり、容量としては1人で精一杯、コップの置かれた湯口からは、小さい湯船に対して十分な量の源泉が絶え間なく投入されており、縁からしっかりオーバーフローしています。25℃を上回る温度ですから、お風呂としては冷たいものの、いわゆる一般的な水風呂より遥かに入りやすいので、水風呂が苦手な方でも是非はいっていただきたいお風呂です。
内湯で全身綺麗サッパリになったところで、大きな源泉風呂(元湯)に入りましょう。源泉の鉱泉は常温では湯気が立ちのぼりにくい湯温であるためか、源泉風呂には浴室を仕切る(囲う)壁が無く、廊下はもちろん、勝手口の上がり框からもコバルトブルーの浴槽が見えています。また脱衣室のある内湯とは廊下を挟んだ反対側にあるため、源泉風呂を利用する際には裸のままで廊下を横断することになります。昭和初期当時と現在の、日本文化における羞恥心の違いが、こうした構造からよくわかりますね。
一応階段も浴槽も男女両側に分かれて設けられていますが、浴室内には仕切りがないため、実質的には混浴といって差し支えありません。古い建物ゆえに階段と天井の高低差がかなり低く、体を屈めて慎重に階段を昇り降りしないと、頭上の梁に頭や腰をぶつけてしまうこと必至です。かつての日本人は現代人と比べていかに低身長であったかを物語る設計ですね。
浴室は半地下のような構造であり、腰部に用いられている石材はかなりの年代物と思われます。水色タイル貼りの大きな浴槽(12~14人サイズが2面)は上述のように男女で一応分けられているものの、間に仕切りが無いため、実質的には混浴です。女性サイドの片隅には湯権現様が祀られており、古より万病に効能のある霊験あらたかなお湯として人々から親しまれてきたんだそうです。なおこの源泉風呂には洗い場がなく、かけ湯用の桶がひとつ置かれているだけですので、利用の前には必ず内湯で体をしっかり洗っておきましょう。
2つの浴槽の間に置かれた岩の投入口が、男女の実質的な仕切りとなっており、この岩に背中を向けて入浴すればお互いの視線を気にせず入浴することが可能です。鉱泉は無色透明で、ほんのり土気っぽい味や匂いを有するほか、誤解を承知で表現すればちょっと生臭いような匂いもわずかに有しているようでした(とはいえ水の生臭さとは似て非なるものであり、鉱泉そのものは新鮮そのもの)。28℃の源泉が何も手を加えられずそのまんま注がれており、静かに浴槽内を満たした後、階段下の排水口へと溢れ出ています。ほぼ水風呂なのですが、温度が25℃以上ありますから一般的な水風呂よりは温かく、入りしなだけちょっと辛抱すれば、後は水風呂が苦手な方でも全身入浴できてしまうでしょう。むしろ一度入れば体に負担を与えることなくいつまでも浸かっていられ、特に猛暑の夏に入ると至極爽快です。私は1時間以上も長々と浸かり続けてしまいましたが、それでも体が冷えるようなことはなく、むしろ浴後の爽快感や清涼感がいつまでも持続し、暑さなんて忘れてしまうほどでした。しかも肌はスベスベし、モチモチ感も増しました。神がかり的な清涼感と爽快感には本当にビックリです。甲州最古の湯という歴史は伊達じゃありませんね。昔日の面影を感じながら、爽快な霊泉に浸かって暑気払いができる、おすすめの鉱泉です。
内湯に掲示されていた分析表
アルカリ性単純温泉 27.0℃ pH8.9 2.3L/min(掘削自噴) 溶存物質248.2mg/kg 成分総計248.2mg/kg
Na+:44.3mg(83.93mval%), Ca++:6.0mg(13.04mval%),
Cl-:13.1mg(16.44mval%), SO4--:20.8mg(19.26mval%), HCO3-:75.5mg(55.04mval%),
H2SiO3:79.2mg,
源泉風呂に掲示されていた分析表
単純温泉 28.0℃ pH8.3 54.7L/min(自然湧出) 溶存物質205.3mg/kg 成分総計205.3mg/kg
Na+:33.9mg(73.30mval%), Ca++:8.8mg(21.83mval%),
Cl-:8.1mg(11.41mval%), SO4--:21.1mg(21.95mval%), HCO3-:74.0mg(60.59mval%),
H2SiO3:53.4mg,
中央本線・春日居町駅より徒歩18分(1.5km)、または山梨市駅より山梨市営バスの山梨循環線・南方面巡回で「上岩下」バス停下車徒歩2分(約200m)(便数僅少)
山梨県山梨市上岩下1053 地図
0553-22-2050
ホームページ
日帰り入浴9:00~20:30 月曜定休
400円
旧館は内湯に石鹸のみ備え付けあり(他備品類なし)
私の好み:★★★