文化逍遥。

良質な文化の紹介。

Pallet On Your Floor

2012年05月26日 | 音楽
前回取り上げた『ハウランド家の人びと』の中で気にかかる個所があったので、少し書いておきたい。
それは、ある葬式の場面で年老いた黒人がバンジョーを弾きながらブルースを歌うところだ。P99からの引用・・

「・・・そこに腰をおろしてバンジョーを弾いているのだ。彼は弾きながら歌っていた。古いブルースをゆったりと歌っているのだった。

床に毛布を敷いておくれよ
ああ そうだよ
さみしいさみしい故郷へ
わたしはもう帰るのだよ・・・

つめたい風の吹かないところへ
ああ 私は帰るのだよ ・・・」

原書がまだ届かないので英語の原文はわからないが、これはブルースの名曲「Pallet On Your Floor」だと思った。この[Pallet]は、古い英語で藁(わら)でつくった粗末な寝床の意味だという。アメリカでも、白人であれ黒人であれ貧しい農民は藁の上でしか眠ることが出来ない時代があったということだろう。
この「Pallet On Your Floor」は、ブルースからフォーク、カントリーまでさまざまなミュージシャンが取り上げていて歌詞も色々なヴァージョンがあるが、代表的な歌詞に次のようなものがある。

I'm goin' where them chilly winds don't blow
・・・・
Make me a pallet on your floor
(つめたい風の吹かない所へいくさ、
床に寝るための藁を敷いてくれ―今は横になりたいんだ)

「つめたい風の吹かないところ」とは、明らかにアフリカだ。この歌の原義は、奴隷としてアフリカから連れて来られた黒人の望郷の歌と理解すべきなのだろう。小説を読んでいて、ひとつの歌の理解が可能になることもある。
時代は変わり、今は望郷の念を込めてこの歌を歌う人はいなくなった。
最近はやたら耳あたりのいい音楽ばかりで、それはそれでいいのだが、なにか物足りないものを感じるのは歳のせいかねえ・・・まあ、いいけど。


6/9追記
原書が届いたので、歌の詞の部分(p105)を引用しておく。

Roll me a pallet on your floor, Oh yes.
I'm leavin' for that long lonesome home.

Going where those chilly winds don't blow,Oh yes.

おそらく、これが「Pallet On Your Floor」の原初的な詩なのだろう。
素朴で、なにか胸に沁みてくるものがある。


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『ハウランド家の人びと』シャーリー・アン・グロウ著,猿谷要訳,1967弘文堂

2012年05月20日 | 本と雑誌
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前々回の猿谷要著『ミシッシッピー川紀行』の中で紹介されていた本。すでに絶版となっているが、どうしても読みたくなって古本で手に入れた。原題は『The Keepers Of The House』( by Shirley Ann Grau,1965)。
この作品はアメリカ深南部の旧家(ハウランド家)を代々受け継いできた人々を描いた作品で、1965年ピューリッツァー賞小説部門を受賞している。物語は、語り手である「私」の祖父が愛した黒人・白人・インディアンの血をひく女性との日々が抒情的な文章で綴られ、やがてその事が地域に残る古い因習と衝突し悲劇的な結末へ繋がってゆく。
もちろんこれは小説であり、架空の物語だ。しかし、架空の物語だからこそ歴史と真実を表現し得ていることもあるだろう。

ブルースなどを基にした音楽をやっているので、自分なりにアメリカの風土や文化を勉強してきたつもりだ。が、こういう作品を読むと複雑なアメリカの様相が垣間見えて、やはり一筋縄ではいかない所だなと思わざるを得ない。こういうすぐれた作品が入手困難になっていることは、大きな損失と思う。幸いにして、今はインターネットというものがあり古本が見つけやすいが、それでも文庫化されていて手に入りやすければ、どんなにいいだろう。特に、アメリカの文学を学ぶ学生達には大切な作品と思われる。ただし、アメリカでは今でも出ているようで、わたしもネットで原書を注文した。到着は来週まで待たねばならないが、こういう時にはインターネットのありがたみが良く分かる。我々の学生時代は、洋書を取り扱っている書店まで出向き、探さねばならなかった。注文ともなれば、最低でも1ト月は待たねばならず、入荷後受け取りに行く必要もあった。
若い人たちには、ぜひ読んでもらいたい作品である。


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長い一週間

2012年05月12日 | 介護
病で長く床についている母が先週熱を出し、衰弱がはげしく末期の症状を呈してきた。
血圧は70ほどに下がり、呼吸も途切れがちになった。医師の診察では心音も弱く、すでに多臓器不全の徴候が診られるとのこと。
母は齢九十一。天寿を全うしたと言えるだろう。永訣を覚悟して見守る時間は重苦しく、今週はとても長く感じた一週間だった。

ところが、なんと食欲は落ちず、アイスクリームなどをおいしそうにパクパク食べ、水分も摂取出来たためか熱も下り、持ち直してきた。昨日の血圧は100台まで回復。呼吸も落ち着いてきた。驚異的な生命力に、看護師さん達も驚いている。

千葉の外房に育った母は、子どもの頃は干してある鰯をおやつにしていたと言っていた。
成長期に何を食べ、どのような運動をしたのか、それがその後のその人の生活の質に大きく影響するのではないだろうか。
やわらかく甘いものを食べ、屋内でゲームに興じていることは現代の病の遠因になっている。母を見ていて、そう感じざるを得なかった。


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猿谷 要著『ミシッシッピ川紀行』1994年文芸春秋社

2012年05月05日 | 本と雑誌
これは、近所の古本屋で最近見つけた本。
著者の猿谷要(サルヤ カナメ1923-2011)氏は、米国―特に黒人史が専門のすぐれた研究者で、著書・翻訳も多く、長く東京女子大の教授を務めておられた。テレビ・ラジオなどでも大変わかりやすい話をされ、わたしもよく聞いていた。昨年亡くなった時には、天寿を全うされたとはいえ、とても残念な気がしたものだった。

Missriver

この本はすでに絶版となっているようだが、北アメリカの風土、先住民、黒人の歴史を知る上で興味深い読みやすい紀行文になっている。たとえば、ニューヨークからハドソン川をさかのぼり運河を経て五大湖へ、さらに運河を経てミッシッシッピ川へ、という経路でニューオリンズまで水路が繋がっていることなど、目からウロコが落ちる話が多く読み飽きることが無い。北アメリカの文化を理解する上で一助になる話が多く、特に音楽―ブルースやマウンテンミュージック、カントリーなどに興味のある人にはおすすめ。


さらに、この本で紹介されていたので観たくなって手に入れたDVD『グローリー』。
Glory

南北戦争時代、北部で黒人だけで編成された連隊(指揮官は白人)の偏見と差別に苦しみながらも活躍する様子を描いた作品。配役は、黒人兵士に名優モーガン・フリーマン、デンゼル・ワシントンなど。特に、出撃前夜、焚火を囲んで手拍子でブラック・ゴスペルを歌いながら心情を語る黒人兵士達のシーンは感動的だった。
1998年のアカデミー賞3部門、さらにはゴールデン・グローブ賞などを取っているが、わたしの記憶では当時、日本ではあまり話題にならなかったようだ。


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