初代サニー・ボーイ・ウィリアムソン(Sonny Boy Williamson #1)は、本名ジョン・リー・ウィリアムソン(John Lee Williamson)。生年は資料によりまちまちで、下のLPジャケット裏の解説では1912年、『The Big Book Of Blues』では1914年、『The Story Of Pre-War Blues』では 1916年としている。月日は3/30で確からしい。生地はテネシー州ジャクソンで、メンフィスなどでハープ(10穴ハーモニカ)を修行した後、1934年頃シカゴへ。1937年以降ブルーバードレーベルなどに120曲を超える録音を残している。初期のシカゴブルースを形成した中心人物の一人、と言えるだろう。前回紹介したジャズ・ジラム同様、ビッグ・ビル・ブルーンジーなどがギターでバッキングを務め、ピアノのジョン・デイビスなどと共に、ご機嫌な都市部のブルースを演奏し歌っている。
亡くなったのは、1948年というから戦後すぐの頃で、6月1日シカゴのサウスサイドのクラブから自宅へ帰る途中にアイスピックで刺された、という。まだ、30代中頃だったことになる。その後、この人の人気にあやかったのか、2代目サニー・ボーイ・ウィリアムソン(Sonny Boy Williamson #2)本名ライス・ミラー(Rice Miller)が出て、初代とはかなり違うスタイルのハープを吹き、人気が出るようになる。今では、サニー・ボーイ・ウィリアムソンと言えば、こちらのライス・ミラーの方を指すようだ。念のために書いておくと、ライス・ミラーの生年は1910年で、初代サニー・ボーイよりも歳が上だった。まあ、その辺りが芸人の「したたかさ」と言えるのかもしれない。
アーホーリー・レーベルのLP、BC3。1937年から1944年にかけての16曲を収録。ブルースファンとしては、このビッグ・ビル・ブルーンジー(右)と一緒に収まったLPのジャケットの写真を見ただけで胸に迫り来るものがある。シカゴブルースの源流と言ってもいい一枚。この人のハープとヴォーカルのバランスは絶妙で、その点では、これからも先もサニー・ボーイ・ウィリアムソンを超えるハーピストは出ないのではないか、そんな気がする。
ドキュメント・レーベルのCD5059。コンプリートレコーディング・シリーズのヴォリューム5で、上のLPより後期の1945年から死の前年の1947年まで24曲を収録。
亡くなったのは、1948年というから戦後すぐの頃で、6月1日シカゴのサウスサイドのクラブから自宅へ帰る途中にアイスピックで刺された、という。まだ、30代中頃だったことになる。その後、この人の人気にあやかったのか、2代目サニー・ボーイ・ウィリアムソン(Sonny Boy Williamson #2)本名ライス・ミラー(Rice Miller)が出て、初代とはかなり違うスタイルのハープを吹き、人気が出るようになる。今では、サニー・ボーイ・ウィリアムソンと言えば、こちらのライス・ミラーの方を指すようだ。念のために書いておくと、ライス・ミラーの生年は1910年で、初代サニー・ボーイよりも歳が上だった。まあ、その辺りが芸人の「したたかさ」と言えるのかもしれない。
アーホーリー・レーベルのLP、BC3。1937年から1944年にかけての16曲を収録。ブルースファンとしては、このビッグ・ビル・ブルーンジー(右)と一緒に収まったLPのジャケットの写真を見ただけで胸に迫り来るものがある。シカゴブルースの源流と言ってもいい一枚。この人のハープとヴォーカルのバランスは絶妙で、その点では、これからも先もサニー・ボーイ・ウィリアムソンを超えるハーピストは出ないのではないか、そんな気がする。
ドキュメント・レーベルのCD5059。コンプリートレコーディング・シリーズのヴォリューム5で、上のLPより後期の1945年から死の前年の1947年まで24曲を収録。