文化逍遥。

良質な文化の紹介。

1973年フランス映画『ブルースの魂』

2025年02月11日 | 映画
 2/7(金)、千葉劇場にて。映像や音を修復しての劇場公開作品になる。監督はロバート・マンスーリスで、2022年4月に92歳で亡くなっている。この作品はフランスのテレビ局の企画で制作されたらしいが、1973年当時、日本はもちろん、アメリカでもほとんど公開されなかったという。観ればわかるが、黒人の生活に対するフランス人の偏見が見え隠れする。おそらく、それが公開されなかった理由だろう。

 映画の最終場面で、ブラウニー・マギーが「Blues is truth(ブルースは真実)」と言って、エンドロールになる。そのブラウニー・マギーがヨーロッパに演奏旅行に行った際の逸話を、どこかで読んだことを思い出した。それは、記者から飲酒のことなどを問われて「わたしは酒も飲まないし、もちろんドラッグもやらない」と答えると、「あなたは本当のブルースマンではない」と言われたという。「あいつら、何か勘違いしてるよ」と回顧していたが、ヨーロッパでのブルースマンに対する偏見が良く表れている話だ。この映画でも、かなり作為的な編集の仕方が認められる。出演者のほとんどがすでに亡くなっているが、もし、生きていてこの作品を観たらがっかりするような気がする。
 とはいえ、昔の映像あるいは音源からノイズを除去して迫力ある生々しいシーンが続く。ほとんどの映像が我が家にもあるが、改めてきれいな映像で観られて良かった、とも感じた。さらにもう一点、翻訳が素晴らしかった。調べてみたところ、字幕の翻訳をしたのは福永 詩乃という方らしい。アメリカの音楽文化に詳しい研究者かと思ったが、ヒンドゥー語などのインド映画の翻訳も担当している翻訳家のようで、才能ある人だなあ、と感心ひとしきり。おそらく、この作品が作られた半世紀前だったら、この様なセンスの良い字幕が付くことは無かっただろう。それほど、文化の違いを翻訳するのは至難なことなのだ。

 なお、フランス語の原題は『Le blues entre les dents』。「dents」は英語のDentalに近い言葉のようで、歯の間から出てくるような自然なブルース、というほどの意味らしい。ちなみに、英題は『The Blues Under The Skin』。



以下は、千葉劇場のホームページより引用。
 『「ブルースの魂」
監督ロバート・マンスーリス
出演B.B.キング、バディ・ガイ、ジュニア・ウェルズ、ルーズヴェルト・サイクス、ロバート・ピート・ウィリアムズ、マンス・リプスカム、ブッカ・ホワイト、ソニー・テリー、ブラウニー・マギー、ファニー・ルイス、ジミー・ストリーター
B.B.キング生誕100 周年記念。製作から50年を経て、2K修復版にて劇場初公開。1970年代の伝説的なブルースミュージシャンたちの演奏をとらえた映像と、ハーレムに住む若いカップルの愛と苦難のドラマを融合させた音楽映画。フレディ(ローランド・サンチェス)は子供のころ生活のためノースカロライナ州から母親に連れられてニューヨークに出てきた。だが武装強盗の罪で5年間服役、出所後ハティ(オニケ・リー)と結婚し二人で母親の家に居候している。フレディは刑務所の病院で働いた経験を生かして看護助手をやろうと職探しをする毎日だがうまくいかない。街をうろつきハティに金を無心してはビリヤード場に出入りし鬱とした日々をやり過ごしている。そんなフレディに嫌気がしたハティは、仕事帰りに立ち寄るなじみのバーでブルースを歌う男と駆け落ちを図るが…。(1973年製作/88分/フランス)』

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2025年日本映画『港に灯がともる』

2025年01月28日 | 映画
 1/23(木)千葉劇場にて。英題『 THE HARBOR LIGHTS』。監督は安達もじり。出演は、富田望生、伊藤万理華、青木柚、山之内すず、麻生祐未、甲本雅裕、他。

 阪神淡路大震災から今年で30年。その間にも、東日本大震災、熊本地震、そして昨年の能登半島地震、と大規模災害が起こっている。30年の歳月の中で、国そして全ての生活する人々は阪神淡路大震災の教訓をに生かしていない、そう思わざるを得ない。同じ悲劇が繰り返されている。予想される、南海トラフ巨大地震に襲われたとき、おそらく、首都圏など都市部は壊滅し機能不全におちいることだろう。そして、この映画で取り上げられたような、心が崩壊する人が多く出るだろう。混乱の中で破壊行為が多発し、無法地帯化することにもなりかねない。今からでも、災害に耐えうる都市の構築と、災害時の心構えを日頃から話し合える場を設ける必要がある。


 主人公の灯(あかり)は、外出時には必ず大きいヘッドホンをつけ、まるで外の世界を拒絶しているかのようだ。が、神戸の人々との対話の中で、人の温かさに触れ、表情は徐々に明るくなってゆく・・。映画のエンドロールの前、最終場面・・主題歌が流れる中一人たたずみ、やがて街を歩き出す灯、その時も尚ヘッドホンは外せない姿が映し出される。その灯を演じた富田望生(みう)という女優さんが好演している。わたしの知らない俳優さんだったが、調べてみると、福島出身の24歳ということで東日本大震災に遭遇しているらしい。映画は神戸が舞台なので、当然関西弁のセリフがほとんど。その上で、うつ状態に苦しむ状態から緩解に近づく主人公の表情をこなしており、感心させられた。おそらく、かなりな撮り直しの上で完成させられた作品だろう。この作品の主題歌「ちょっと話を聞いて」で作詞も担当しているようで、多彩な才能を持った人のようだ。けっして美人ではないが、アイドル上がりの女優さんには出来ない演技力が認められる。これからも、地道にコツコツと活動してもらいたい。

以下は、千葉劇場のHPより引用。

『「港に灯がともる」
1995年の震災で多くの家屋が焼失し、一面焼け野原となった神戸・長田。かつてそこに暮らしていた在日コリアン家族の下に生まれた灯(あかり)。在日の自覚は薄く、被災の記憶もない灯は、父や母からこぼれる家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、どこか孤独と苛立ちを募らせている。一方、父は家族との衝突が絶えず、家にはいつも冷たい空気が流れていた。ある日、親戚の集まりで起きた口論によって、気持ちが昂り「全部しんどい」と吐き出す灯。そして、姉・美悠が持ち出した日本への帰化をめぐり、家族はさらに傾いていく。なぜこの家族のもとに生まれてきたのか。家族とわたし、国籍とわたし。わたしはいったいどうしたいのだろう―。(2025年製作/119分/G/日本)』

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2022年スペイン・イタリア合作映画『太陽と桃の歌』

2024年12月31日 | 映画
 12/28(土)千葉劇場にて。監督はカルラ・シモン。出演ジュゼップ・アバット、ジョルディ・ プジョル・ ドルセ、 アンナ・ オティン。

 スペイン北東部のカタルーニャ地方は、独特の文化を持ち、言葉もスペイン語とはかなり違うようで、土地の人は「カタルーニャ語」と呼んでいるらしい。確か、独立機運も盛んで、以前地方議会では独立に向けた採択がなされたように記憶している。また、ジョージ・オーウェルの『カタルーニャ讃歌』に描かれたスペイン内戦時の激戦地でもある。イギリスの映画監督ケン・ローチの1995年公開作品『大地と自由』(Land and Freedom)にも取り上げられていた。そんなカタルーニャの田舎を舞台にした映像を観たくなって足を運んだ。バルセロナの様な都市部ではなく、一面に農地が広がる大地が画面いっぱいに映し出され、その中で生き、時代に翻弄される老若男女が描き出される。2時間ほどの作品で、途中、少し疲れも感じたが、土に根差して生きる人々を描いた秀作。



閑話休題ーかなり以前だが、仕事で知り合った人がカタルーニャに赴任していたことがあり、その人からおもしろい話を聞いたことがある。まだフランコ政権の時代だった、と言っていたから1970年頃のことだろう。カタルーニャの地方の駅で列車に乗ろうとした時のこと。時刻表がないので、駅に居合わせた人に「列車はいつ頃来ますか」と訊いたところ「すぐ来るよ」との答え。ところが、実際に列車が来たのは、それから2時間後だったという。そして、乗車しようと思った時、先ほど訊いた人が近づいてきて一言「な、すぐ来たろ」と言った、という。ホントかねえ。かなり大きな会社の管理職だったひとなので、誇張はあるかもしれないが、そんなこともあったのだろう。何気ない話だが、その地方の文化が垣間見える。


 以下は、千葉劇場のホームページより引用。
『2017年の長編デビュー作「悲しみに、こんにちは」で世界的に高く評価されたスペインのカルラ・シモン監督が、カタルーニャで桃農園を営む大家族の最後の夏を描く。カタルーニャで、三世代に渡る大家族で桃農園を営むソレ家。例年通り収穫を迎えようとした時、地主から夏の終わりに土地を明け渡すよう迫られる。桃の木を伐採して、代わりにソーラーパネルを敷き詰めるというのだ。父親は激怒するが、妻と妹夫婦はパネルの管理をすれば「楽に稼げる」という囁きに心を動かされていく。賭け事に懸ける祖父、取り付く島のない父、畑の片隅で大麻栽培を始める長男など、てんでバラバラに桃園の危機を何とかしようとするが、大げんかが勃発。一家に大きな亀裂が入ったまま最後の収穫が始まろうとしていた…。第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門金熊賞受賞。』

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2023年日本映画『大いなる不在』

2024年07月23日 | 映画
 7/17(水)千葉劇場にて。監督近浦啓、出演森山未來、藤竜也。

 人の心のあり様を表すのに「知・情・意」と言われる。すなわち「知性」「感情」「意志」で、それらの調和がとれた状態が「心の安定」と、いうことになる。

 藤竜也が演じる老教授は、かつて「感情」に溺れ家庭を捨て昔の恋人との生活に走り、老いた今、認知症で「知性」を失い「意志」も方向性を無くして、全てが崩壊してゆく。映画の画面は、あえて色調を抑え静かに現在と過去とを往復する。藤竜也の老練な演技はさすがだった。が、認知症だった母の介護と看取りをした経験から言うと、劇中、認知症の人の描き方や介護施設の様子などに違和感を感じた。俳優陣の頑張りが好感を持てる作品なだけに、その点が残念でもあった。



以下は、千葉劇場のホームページより引用。
『卓(森山未來)は、ある日、小さい頃に自分と母を捨てた父(藤竜也)が警察に捕まったという連絡を受ける。妻と共に久々に九州の父の元を訪ねると、父は認知症で別人のようであり、父が再婚した義理の母は行方不明になっていた。卓は、父と義母の生活を調べ始めるが―。第71回サン・セバスチャン国際映画祭のコンペティション部門で藤竜也がシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)を受賞。第67回サンフランシスコ国際映画祭では最高賞のグローバル・ビジョンアワードを受賞。(2023年製作/133分/G/日本)』

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2023年アメリカ映画『ホールドオーバーズ』

2024年07月02日 | 映画
 6/26(水)千葉劇場にて。『Holdovers(ホールドオーバーズ)』とは、辞書によれば「残留者」の意で、アメリカでは「落第して留年した者」の意味もあるらしい。ここは、古風な言葉だが「居残り」とでもいったところ。監督アレクサンダー・ペイン。出演、先生役にポール・ジアマッティ、料理長役にダバイン・ジョイ・ランドルフ、生徒役にドミニク・セッサ。

 半世紀ほど前の、マサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。クリスマス休暇で、ほとんどの学生や学校関係者が帰郷してゆく。が、3人の人物がクリスマスから年末年始を学校の中で過ごさねばならなくなっていた。親の都合によって帰る場が無くなった生徒、彼を監督・保護する教師、そして、食事の世話をする料理長。3人は、それぞれ心に深い傷を負い、トラウマに苦しんでいたのだが・・・。

 「グリ-フケア(深い悲しみからの回復)をテーマにした文学的な作品」と思った。登場する人物は多くなく、セリフの多くがこの3人の人物によって語られる。特に、先生役のポール・ジアマッティという俳優さんのいぶし銀の様な演技が心に残った。佳作といえる。
 


 以下は、千葉劇場のホームページより転載
『「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
物語の舞台は、1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。この高校で古代史の非常勤教師を務めるポール・ハナムはみんなからの嫌われ者。そして一人息子を亡くした料理長のメアリー・ラム、優秀だがトラブルメーカーのアンガス・タリー。それぞれ異なる事情を抱える3人が、クリスマスと年末を共に過ごすことに…。誰もいない学校のなか、ちょっとした冒険や災難を通じて、3人の間には小さな繋がりが生まれていく。第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、主演男優賞、助演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされ、ダバイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞した。(2023年製作/133分/アメリカ)』



映画とは関係ないけど、おまけで、梅雨時に咲く千葉公園の蓮。6/26(水)午前に撮影。

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2023年フランス・ベルギー合作映画『バティモン5 望まれざる者』

2024年06月11日 | 映画
 6/5(水)、千葉劇場にて。監督ラジ・リ。出演アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ。

 パリでは、今年2024年夏にオリンピックが開催される。報道によると、それがために一部の地区で住民が強制退去させられた、と聞く。2023年製作の、この作品はオリンピックとは直接的な関係はないかもしれない。が、行政が警察を動員して住民を強制退去される設定になっていて、その点ではオリンピック開催という行政の都合による住民の強制退去と同じ、と言える。端的に言えば、現代フランス社会の歪みを描いた作品、と言えるだろう。映画の舞台となっているのは、日本の高度成長期に建てられた公団住宅によく似た10階建て程の団地。老朽化が進み、エレベーターなどは故障して長く動かず、通路の照明なども切れ、落書きだらけで住民の心の荒廃も感じられる。しかし、そこでは、確かに人々が生活しているのだった。
 映画の最後、住む家を失った黒人青年が市長の家に乗り込み破壊と放火を試み、帰宅した市長に「住む場を奪われた者の気持ちを味合わせてやる・・」と、泣きながら叫ぶシーンがある。それは、かつて植民地として国を奪われた者の言葉の様にも聞こえた。観ていて、つらいシーンも多かったが、見る価値のある作品、と感じた。



以下は、千葉劇場のホームページより引用
『パリ郊外で移民家族が多く暮らす地区を一掃しようとする行政と住民たちの衝突を緊迫感たっぷりに描き、大都会パリの知られざる暗部を浮き彫りにした社会派ドラマ。パリ郊外に立ち並ぶいくつもの団地には労働者階級の移民家族たちが多く暮らしているが、このエリアの一画=バティモン5では再開発のために老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められている。そんな中、前任者の急逝で臨時市長となったピエールは、自身の信念のもと、バティモン5の復興と治安を改善する政策の強行を決意。だがその横暴なやり方に住民たちは猛反発、やがて、これまで移民たちに寄り添い、ケアスタッフとして長年働いていたアビーたちを中心とした住民側と、市長を中心とした行政側が、ある事件をきっかけについに衝突。やがて激しい抗争へと発展していく。(2023年製作/105分/G/フランス・ベルギー合作)』

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2023年アメリカ・イタリア合作映画『プリシラ』

2024年05月07日 | 映画
 4/30(火)千葉劇場にて。監督はソフィア・コッポラ、出演ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ。
 
 悲しい映画だった。音楽的才能がありながらも、必要以上に周囲に持ち上げられ、自分を見失う中で薬物に頼るようになってゆくエルビス・プレスリー。その妻プリシラは、彼を支えようとするが・・そうしようとすればするほど心は離れてゆく。主演のケイリー・スピーニーは、14歳の少女期から母になるまでの女性を演じ切り秀逸。

 閑話休題ー50年程も前の話。高校2年生のころ、隣の席の女子が某アイドル演歌歌手の熱狂的なファンだった。今で言う「追っかけ」だが、ある時、あまりにうるさいので「(そのひとだって)オシッコもウンチもする人間だろ」と言うと「え~、しないよ」と言われて啞然とした。生身の人間として大切にされているのではなく、作り上げられた偶像として崇拝されている。こんな「追っかけ」の前では、トイレに行くこともできない。おそらく、周囲のスタッフたちも、そんなファンの心理を利用して利益を上げるためにタレントを利用するのだろう。本来は、才能があり芸の力で生きていける人達が、自分の知らないところで金儲けの種にされている・・たまったもんじゃないだろう。多くのタレントたちが、そのギャップに苦しみ、アルコールや薬物に依存するようになって、命を縮めてゆく。エルビス・プレスリーもそんな一人だったような気がする。彼も薬が無ければ眠れず、薬物の乱用と過食に苦しみ、42歳で亡くなったのだった。



以下は、千葉劇場のホームページより引用。

『エルビス・プレスリーの元妻プリシラが1985年に発表した回想録「私のエルヴィス」をもとに、世界的スターと恋に落ちた少女の波乱の日々を描いたドラマ。14歳の少女プリシラはスーパースターのエルビス・プレスリーと出会い、恋に落ちる。やがて彼女は両親の反対を押し切って、大邸宅でエルビスと一緒に暮らし始める。これまで経験したことのない華やかで魅惑的な世界に足を踏み入れたプリシラにとって、彼のそばでともに過ごし彼の色に染まることが全てだったが……。(2023年製作/113分/PG12/アメリカ・イタリア合作/DCP)』

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2023年日本映画『パーフェクトデイズ』

2024年04月09日 | 映画
 4/6(土)千葉劇場にて。監督はヴィム・ヴェンダース。この作品は、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新する日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」のアピールを、当初の目的として制作されたらしい。東京の下町にある古びたモルタルアパートに暮らす、寡黙な初老の清掃員平山を、役所広司が好演している。

 老子の教えに「知足」というものがある。この場合の「足」は満足の「足」で、「足(た)るを知る」という意味だが、それは、利益追求型の社会の中で、別の場所・空間に生きるということにもなる。さすがは、ヴィム・ヴェンダースと思わせる映像で、変哲もない主人公の平山の日常が、足るを知る中で豊かな生活を送っているように映し出される。そこに隠された社会の問題や差別は棚上げされるが、そこはこの際目を瞑っておこう。

 ストーリーの無い映像作品で、カメラは、ひたすら街の風景や多様な人々の姿を追ってゆく。そこに退屈を感じる人は、ひどい映画、と思うかもしれない。が、わたしは観ていて飽きることは無く、映画館でゆっくりと鑑賞するに値する作品、と感じた。



 余談だが、歌手の石川さゆりが主人公の通うスナックの女将を演じており、客の一人を演じたあがた森魚が弾くギターで歌う「朝日のあたる家」の浅川マキバージョンは良かった。あがた森魚本人が、実際にギターを弾いているかは、わからない。が、スタジオミュージシャンが弾いているようには聞こえなかったので、おそらく本人がギターを弾いていたように感じた。わたしは、石川さゆりの表現力は、もっと高く評価されてもいいと思っている。

以下は千葉劇場のホームページより引用。
『「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」などで知られるドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが、役所広司を主演に迎え、東京・渋谷を舞台にトイレの清掃員の男が送る日々の小さな揺らぎを描いたドラマ。トイレの清掃員として働く平山は、淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていく。第76回カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞受賞。(2023年製作/124分/G/日本/DCP)』

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2022年韓国映画『梟フクロウ』

2024年02月13日 | 映画
 2/10(土)千葉劇場にて。監督はアン・テジン。主演はリュ・ジュンヨル。

 韓国の映画やテレビドラマを見ていると、過度とも言えるヒロイズムやロマンティシズムを感じてしまい、個人的には敬遠しているところがある。この作品にも、その傾向は感じられたが、サスペンス仕立てのスピード感にあふれた構成で、なかなか見ごたえがあった。
 時代は17世紀中頃、中国大陸では明から清へと時代が移り、陸続きの朝鮮王朝にも大きな時代の波が打ち寄せている。権謀術数が渦巻く朝廷内で、権力に利用されるために採用された、眼には障害を持つ優れた鍼灸医。しかし、彼は闇の中ではわずかに見えていることを誰にも言わず、それを護身の術としていたのだった。やがて彼の眼前で、夜の闇に紛れて殺人が行われるが・・。

 題名の『梟フクロウ』について、感じたことを書いておこう。猛禽類のフクロウは昼間は木陰で眠り、夜、優れた視力を駆使して獲物を狙う。この作品の主人公が、夜陰でのみ目が利くのにそれを譬えたのだろう。さらに、最後に大きな権力に向かって尖った嘴を向ける・・そんな姿をも譬えたのかもしれない。
 ちなみに、フクロウの視力は人間の10倍ともいわれる。が、これは自然な生活をしている人の場合で、都市部でパソコンやスマホを1日中見ている人間と比較すれば、おそらく数十倍と思われる。視力検査の時3メートル離れたところのスプリットなどを見て測るが、仮にフクロウだったら、夜でも30メートル離れて読み取れることになる。すごい視力だ。




以下は、千葉劇場のホームページより転載。

『17世紀・朝鮮王朝時代の記録物「仁祖実録」に記された“怪奇の死”にまつわる謎を題材に、史実に残された最大の謎に迫るサスペンス・スリラー。盲目の天才鍼医ギョンスは、病の弟を救うため、誰にも言えない秘密を抱えながら宮廷で働いている。しかし、ある夜、王の子の死を‟目撃“し、恐ろしくも悍ましい真実に直面する。見えない男は、常闇に何を見たのか―?追われる身となった彼は、制御不能な狂気が迫るなか、昼夜に隠された謎を暴くために闇常闇を駆ける。絶望までのタイムリミットは、朝日が昇るまで―。‟盲目の目撃者”が謎めいた死の真相を暴くために常闇を奔走する予測不可能な物語は、圧倒的な没入感と、緊張感をもたらし、息もできないほどの狂気が支配する118分は、観る者すべての五感を麻痺させる。2023年韓国映画賞《25冠》最多受賞。』

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2022年キルギス・日本・オランダ・フランス合作映画『父は憶えている』

2023年12月12日 | 映画
 12/9(土)、千葉劇場にて。監督は、アクタン・アリム・クバト。出演アクタン・アリム・クバト、ミルラン・アブディカリコフ。

 天山山脈を遠くに臨むキルギスの小さな村を舞台に、近代化と古い慣習、そして宗教的束縛、葛藤する人々。それらを、静かに語る作品になっている。山脈の向こう側は中国になるだろう。村を流れる川には、山からの、少し白濁した冷たそうな水が流れている。その流れが、人々の素朴な暮らしが太古の昔から続いていることを表現している。

 とても地味な作品で、映画に娯楽性を求める人には、とてもお勧めできない。が、遥かな遠い国に暮らす人々の生活を多少なりとも知りえる作品、と感じた。岩波ホールが閉館した今、このような作品を上映してくれる千葉劇場には、ただただ感謝しかない。



以下は、千葉劇場のホームページより転載。
『母国キルギスのインターネットニュースで見つけた実話に着想を得て、出稼ぎ先のロシアで記憶と言葉を失い故郷へ帰ってきた父とその家族を描いたヒューマンドラマ。23年前にロシアへ出稼ぎに行ったまま行方がわからなくなっていたザールクが、キルギスの村に帰ってきた。家族や村人たちは記憶と言葉を失った彼の姿に動揺するが、そこにザールクの妻であるウムスナイの姿はなかった。周囲の心配をよそに、ザールクは村にあふれるゴミを黙々と片付ける。そんなザールクに、村の権力者による圧力や、近代化の波にのまれていく故郷の姿が否応なく迫る。2022年・第35回東京国際映画祭コンペティション部門出品。(2022年製作/105分/キルギス・日本・オランダ・フランス合作/DCP)』

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2022年アメリカ映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』

2023年11月28日 | 映画
 11/24(金)千葉劇場にて。監督はアナ・リリ・アミリプール。主演はチョン・ジョンソで、1994年ソウル生まれの韓国の女優さんだそうだが、英語の発音は自然でアメリカの人かと思った。長年隔離された部屋で拘束され表情をなくした若い女性が、人との交わりから表情と言葉を取り戻してゆく、そんな難しい役どころだが見事に演じ切っていて感心させられた。

 異形あるいは異能な者に対する排斥、そして差別。そして、それに救いの手を差し伸べるのは、いつも場末に暮らす異端な者達なのだった。この映画、舞台となっているのはジャズ発祥の地とも言われるニューオリンズで、2005年のハリーケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けたところだ。その現在の様子が見られそうなので、内容は期待せずに観に行ったのだが、良い作品だった。ハッピーエンドに至る過程が、あまりに楽観的だったようにも感じるが、それが観終わった後にカタルシスにもなり救いにもなる。ただ、テクノポップというのだろうか、電子楽器を使った機械的な音楽には閉口した。




以下は、千葉劇場のHPより引用。
『カノジョの名前は〈モナ・リザ〉。だけど、決して微笑まない―。12年もの間、精神病院に隔離されていた〈モナ・リザ〉。ある赤い満月の夜、突如驚くべき特殊能力に目覚める。自由と冒険を求めて施設から逃げ出した彼女が辿り着いたのは、サイケデリックな音楽が鳴り響く、刺激と快楽の街ニューオーリンズ。そこでワケありすぎる人々と出会い、〈モナ・リザ〉はその特殊なパワーを発揮し始める。果たして、彼女はいったい何者なのか?まるで月に導かれるように、〈モナ・リザ〉が切り開く新たな世界とは──。「次世代のタランティーノ」と大注目された、アナ・リリ・アミリプール監督最新作。(2022年製作/106分/アメリカ/DCP)』

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2023年日本映画『福田村事件』

2023年10月03日 | 映画
 10/2(月)千葉劇場にて。NHKなどでも紹介され話題になったためか、異例のロングラン上映になっている。わたしは、この事件に関しては、千葉県流山市にあった地方出版の崙書房から出ていた辻野 弥生著『福田村事件 : 関東大震災知られざる悲劇』(初版2013年7月)を読んでいたので概要は知っていた。

 デマに翻弄される民衆を描いた労作。この作品、観終わって「重要な二つのポイントが描き切れていない」と感じた。一つは、登場する千葉県の農民も、香川県からの行商人達も、ほぼ標準語だったこと。100年前の震災当時、双方の当事者達は、ほとんど言葉が通じなかったと言われている。それが事件を生じさせる大きな一因だった、と指摘されており、そこを描けなければ作品として不完全と言わざるを得ない。なぜ時代考証を重視しなかったのか、せめて千葉出身の房総方言を知る俳優さんを使って欲しかった、残念だ。もう一点は、加害者側のその後の裁判や刑期が異常に簡単なもので短く、恩赦を理由にさらに短期間で出所したこと、そこを簡単な字幕で終わらせていたことだった。個人的には、この事こそが事件の最も重視すべき点と考えている。事件後の加害者、そして多くを語らなかった残された被害者のこと、そこに焦点を当てた作品にしてほしかった。




以下は、千葉劇場のホームページより転載。
『「A」「A2」「i 新聞記者ドキュメント」など、数々の社会派ドキュメンタリー作品を手がけてきた森達也が自身初の劇映画作品として、関東大震災直後の混乱の中で実際に起こった虐殺事件・福田村事件を題材にメガホンを取ったドラマ。1923年、澤田智一は教師をしていた日本統治下の京城(現・ソウル)を離れ、妻の静子とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。澤田は日本軍が朝鮮で犯した虐殺事件の目撃者であったが、静子にもその事実を隠していた。その年の9月1日、関東地方を大地震が襲う。多くの人びとが大混乱となり、流言飛語が飛び交う9月6日、香川から関東へやってきた沼部新助率いる行商団15名は次の地に向かうために利根川の渡し場に向かう。沼部と渡し守の小さな口論に端を発した行き違いにより、興奮した村民の集団心理に火がつき、後に歴史に葬られる大虐殺が起こってしまう。澤田夫妻役を井浦新、田中麗奈が演じるほか、永山瑛太、東出昌大、柄本明らが顔をそろえる。(2023年製作/137分/PG12/日本/DCP)』

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2022年フランス映画『パリ タクシー』

2023年05月30日 | 映画
 5/28(日)、千葉劇場にて。監督は、クリスチャン・カリオン。
 映画のあらすじや出演者に関しては、リーフレット下にホームページからコピーペーストしておいた。興味深かったのは、歴史と先端技術が混在するパリの景色や、1950年代のフランスの男尊女卑の描写だった。あくまで、映画という作品の中で表現されたことなので、それが現実にどれほど近いのかはわからない。しかし、理解の一助にはなるだろう。ストーリーは、はぼ予想した通りで、特にラストシーンは「やっぱりそうなるのか」とも思ったが、それでも涙を誘われるのは監督の力か。



「無愛想なタクシー運転手シャルルは、金も休みもなく免停寸前で、人生最大の危機に陥っていた。そんな折、彼は92歳の女性マドレーヌをパリの反対側まで送ることに。終活に向かうというマドレーヌは、シャルルに次々と寄り道を依頼する。彼女が人生を過ごしたパリの街には多くの秘密が隠されており、寄り道をするたびに、マドレーヌの意外な過去が明らかになる。そしてそのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かしていく。終活に向かうマダムを乗せたタクシー運転手が、彼女の人生をめぐるパリ横断の旅に巻き込まれていく姿を描いたヒューマンドラマ。」(千葉劇場のHPより)

「不愛想な上にすぐにカッとなるが、家族への熱い愛にあふれているシャルルを演じるのは、フランスを代表する大人気コメディアンのダニー・ブーン。『フランス特殊部隊 RAID』でセザール賞を受賞、本作のクリスチャン・カリオン監督作『戦場のアリア』ではセザール賞助演男優賞にノミネートされるなど、演技派俳優としても高く評価されている。「微笑むたびに人は若返る」など、思わず書き留めておきたくなる言葉で人を魅了するマドレーヌには、最もキャリアの長いシャンソン歌手のリーヌ・ルノー。エイズアクティビストと尊厳死法制化への活動の長年にわたる功績を称えられ、2022年には仏最高勲章であるレジオン・ドヌール勲章を受賞した。俳優としては、『女はみんな生きている』他でセザール賞助演女優賞に3度ノミネートされ、幅広い分野で活躍する国民的スター。
ブーンとルノーは実生活でも親交が深く、ルノーは「ダニーは私の息子よ」と公言している。本編中のシャルルとマドレーヌと同じく、彼ら2人も貧しい労働者階級出身で、ルノーは「これは私の遺言になる映画よ」と宣言しての本作への出演となった。」(作品の公式HPより)

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2022年ポーランド・イタリア合作映画『EO』

2023年05月16日 | 映画
 5/14(日)、千葉劇場にて。監督はイエジー・スコリモフスキ。

 ポーランドのあるサーカス団。そこで働く女性カサンドラに大切にされ、共に暮らしていたEO(イーオー)と名付けられたロバ。ある日、動物虐待の疑いをかけられ、サーカス団から引き離されてしまう。映画は、ポーランドからイタリアへと放浪するEOの目を通して、人間の行いの不条理と愚かさを表現してゆく。

 映像表現は見事なものだった。が、リーフレットの様な真っ赤に染まった映像や点滅が多く、あるいは電子音楽を多く使ったりしていて、目まい持ちのわたしには乗り物酔いの様な気分になって観ているのが辛いシーンも多かった。おそらくは、異質なものから見た世界を表現しようとしたのだろうが「ちょっとやりすぎかな」とも感じた。


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2021年韓国映画『オマージュ』

2023年03月21日 | 映画
 3/14(火)、千葉劇場にて。監督は、シン・スウォン。『オマージュHommage』はフランス語で、「尊敬」あるいは敬意をこめた言葉「賛辞」を意味するというが、ここでは韓国の女性監督の嚆矢となった女性に対する哀悼の意も込められているようだ。
 地味な作品だが、映画の内容と共に、韓国の社会あるいは家族の側面が垣間見えて、興味深かった。



 以下は、千葉劇場の案内より引用。
『映画の修復プロ映画の修復プロジェクトに携わることになった女性映画監督が、修復作業を通して自分の人生と向き合い、新たな一歩を踏み出す姿を描いた韓国の人間ドラマ。ヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない映画監督の女性ジワンは、60年代に活動した女性監督ホン・ジェウォンが残した映画「女判事」の修復プロジェクトの仕事を引き受ける。作業を進めているとフィルムの一部が失われていることがわかり、ジワンはホン監督の家族や関係者を訪ね、失われたフィルムの真相を探っていく。その過程で今よりもずっと女性が活躍することが困難だった時代の真実を知り、修復が進むにつれて自分自身の人生も見つめ直していくことになる。主人公ジワン役は、「パラサイト 半地下の家族」で家政婦を演じたイ・ジョンウン。2021年』

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