文化逍遥。

良質な文化の紹介。

お茶の水駅

2018年02月28日 | まち歩き
 2/27(火)、久々にお茶の水を歩いてきた。


 延々と改修工事が続くJRお茶に水駅。聖橋からお茶の水橋方向を携帯で撮影。すこしブレ気味。手前の黄色いクレーンの下がホームで、停車しているのは中央線上り東京方向(写真手前)に向かう電車。
 すごい工事だなあ。しかし。車などが停まっている下に神田川が流れているが、ほとんど見えない。土手の補強工事がやっと終わって、いよいよ駅の工事にたどり着いた、というところか。学生時代から、かれこれ40年以上お茶の水周辺に親しんできたが、まさかこんな工事を目の当たりにするとは思わなかった。事故等なく竣工するよう、十分注意して工事して欲しいものだ。

 この後、岩波ホールで映画を観たが、それについてはページを替えて書くことにしよう。

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2016年イギリス映画『ウィスキーと2人の花嫁』

2018年02月26日 | 映画
 2/24(土)、千葉劇場にて。原題は『Whiskey Galore』で、直訳すると「たくさんのウィスキー」。監督は、ギリーズ・マッキノン。父ジョセフ役に、グレゴール・フィッシャー。その娘姉妹役にナオミ・バトリックとエリー・ケンドリック。

 いいコメディー映画だな、と思った。「コメディー」というと、日本語では「喜劇」と一般に訳されて「笑い話」と同義で使われることが多いようだ。しかし、英語のComedyは、「人間劇」あるいは「人生劇」という意を持ち、ハッピーエンドで終われば広く「コメディー」となる。ダンテの『神曲』なども『Divine Comedy』で、実はコメディーなのだ。

 ナチスによるロンドン空爆が激しさを増す第2次世界大戦中のスコットランドのトディー島。イギリス本島から160キロ東に位置し、ドイツ軍がイギリス上陸を目指す際には橋頭保になりかねない島だった。そんな状況の中でも、島民は日常生活を守っている。そして、戦争は長く激しくなり、島民生活に欠かせないウイスキーの配給が止まってしまう。島の郵便局長ジョセフの2人の娘はそれぞれの恋人との結婚を望んでいたが、ウイスキーが無ければ結婚式もできない、と嘆いている。そんなときに、島の近くで一隻の貨物船が座礁。沈没寸前の船内には、5万ケースものウイスキーが積まれていて・・・。

 1949年に制作された同名作品(日本未公開)のリメイク作品で、貨物船座礁事件の実話をもとに映画化されたという。島の景色はみごとな映像だったし、貧しくとも静かな日常生活を守ろうとする島の人々を演じる俳優達の演技も秀逸。欲を言えば、緊迫した情勢をもう少し切実に描いて、さらに対比させて見せて欲しかったところだ。

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D-18ピックガード交換

2018年02月21日 | ギター
 所有しているギターの一本、マーチンのD-18のピックガードが浮いてきた。以前からのブリッジ側だけでなく、ネック側、すなわち手が当たるところも剥がれてきた。こうなると、もはや修理するしかない。貼り替えなければならないが、収入がほとんど無いので、この際自分でやれるところまでやってみることにした。


矢印の辺りが剥がれている。貼るのは出来そうだが、剥がすのは表面板を痛めそうで怖い。無理そうなら早めに止めようっと・・・と思いつつ温めたナイフをゆっくり入れていったらけっこう楽に剥がれた。1970年代後期のものなので、40年近くが経っているから接着剤も効かなくなっていたのだろう。
 今回は、たまたまうまくいったが、本来は専門のリペア―マンに依頼すべき作業であることは言うまでも無い。しかし個人的には、子どもの頃からのイタズラ心が残っていて、ついつい自分でやりたくなる。失敗して後悔することも多々あるが、失敗して理解できることも多い。子どもの頃、今は亡き母に「イタズラするんじゃないよ」と、よく叱られた。が、子どもは失敗して学んでゆくものなのだ。


剥がした状態。まあまあだ。昔のギターは、塗装する前に、すなわち生木の上にガードを直に貼ってしまい、その上からラッカーを塗る。そうすることで、本体とガードの境目がなくなり見た目も良くなる。しかし、ガードの材質はセルロイドなので経年変化で縮んでしまう。その際、最悪の場合表面板にクラック(亀裂)が入ることがある。マーチンは特に、ホール近くに入りやすく、これを俗にマーチン・クラックなどと呼んでいる。


マスキングしたところ。この上から、楽器用のラッカーを重ね塗りしてゆく。


丸で囲ったあたりに、わずかにクラックが入りかけている。しかし、まだ割れてはいないし、セルも剥がしたので、このままで問題なさそうだ。

 薄めにラッカーした後、現行マーチン純正のガードがネット通販で2000円程で買えるので、それをこのまま貼ってしまおうか、とも考えた。が、マーチン純正ガードは大きめで、厚さが1ミリもあり、鳴りが悪くなりそうなので結局やめて、購入したカワセ楽器店にあとを頼むことにした。2/12、寄席に行く前にお茶の水に寄り持ち込んだ。マスターに見てもらうと、「うまくやるねえ」の一言。呆れられているようにも聞こえたが、まあ素直に褒め言葉ととっておこう。ここまでやってあるので、あとは表面をもう少し平らに仕上げて、新しいピックガードを貼り、仕上げてくれるそうだ。見積もりは、7000円。あー良かった。剥がしから全部やってもらうと2万円かかる。というわけで、あとはリペア―マンさんに任せよう、よろしくお願いします。


こちらが完成した写真。大きさはもちろんジャストフィット。さらに、ガードの縁がきちんと丸く加工(面取り)されていて触った感じもいい。やはり、プロの仕事。お世話様でした。

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国立科学博物館「古代アンデス文明展」

2018年02月17日 | アート・文化
 2/16(金)、上野の国立科学博物館に行ってきた。昨年の10月21日からやっている「古代アンデス文明展」。見たいと思って、東京に行くついでがあれば寄ろうと思っていた。が、なかなか行く機会が無く、今月の18日で終わるので、ついに腰を上げた。平日にもかかわらず、上野駅の公園口はすごい人波。文化会館前には、パンダの「入場整理券の本日分は終了しました」などと書かれた掲示板を掲げた人が立っていたりで、あーパンダ人気か、などと思いながら進んでいくと科学博物館もかなりな混雑。やはり、もう少し早く来るべきだった・・と後悔先に立たず。
 展示は、充実していて見応えがあったが、いかんせん見学者が多すぎ。人の頭を見に行ったようなもんだ。たまに空いてる展示があって、じっくり見ていると人がどんどんとぶつかってくる。見学者の中には、スマホをかざして写真撮影に熱中して他の人が目に入らないマナーの悪い人も多かった。
 むしろ、常設展示の恐竜の骨格などの方がじっくり見られて良かった。まあ、それで良しとしよう。






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国立演芸場2月中席

2018年02月14日 | 落語
 2/12(月)、久々に三宅坂にある国立演芸場に行ってきた。2月の中席(11日から20日までの興行)は、毎年恒例の「鹿芝居」。これは、噺家芝居のシャレで、要は落語家が役者になって芝居をするもの。やっているメンバーは、ほぼ毎年同じ顔ぶれだ。



 仲入りの休憩前までは落語で、後半に芝居となる。落語の方は皆、大ネタは掛けずに、比較的軽い噺をしていた。良かったのは蝶花楼馬楽の「時そば」。お馴染みの演目だが、さすがはベテラン、仕草もうまく演じ分けも見事。話の内容が分かっていても、しっかりと受ける。それが本当の実力というものなのだろう。「真打ち」と呼ばれるようになっても、そこまで行ける噺家さんは残念だが少ない。
 後半の鹿芝居。今年は、古典落語の大ネタ『子別れ』。仲入り前の馬生が上をやっておいて、芝居で中・下が演じられた。場面が4回変わり、そのたびに幕が閉まるので、ちょっとたるむ。でも、まあね、噺家さん達の努力を買いたい。入場料2100円のライブだしね。


こちらは、演芸場1階にある「演芸資料展示室」で3月24日まで展示のリーフレット。噺家さんの色紙などを展示している。昔の名人の筆跡が見られて、興味深かった。特に三遊亭歌笑や5代目古今亭今輔の台本は、創意工夫の跡が滲み出ているようだった。三遊亭歌笑は、戦後すぐに創作落語で人気が出たが、1950年に進駐軍のジープにはねられて亡くなっている。まだ32歳だった。目の悪い人だったので字を書くのも難儀したようで、お世辞にもうまい字とは言えない。それでも、一生懸命に書かれた「純情詩集」の台本は感動すら覚えた。

こちらは、上のリーフレット裏面。クリックすると拡大できる。

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2016年アイルランド映画『ローズの秘密のページ』

2018年02月10日 | 映画
 2/8(木)、千葉劇場にて。原題は『The Secret Scripture』で、直訳すれば「秘密の聖書」。監督・脚本はジム・シュリダン。原作はセバスチャン・バリーの同名小説。若き日のローズ役にルーニー・マーラ。老年のローズ役はヴァネッサ・レッドグレイブ。



 1940年代、第二次世界大戦中の北アイルランド。戦火を逃れ片田舎に住む叔母を頼りに疎開してきた若く美しいローズは、街に来てまもなく「おまえは、どっちだ?」と問われる。問い詰めた男は、北アイルランドの英国からの分離独立を求めるカトリック系組織の者だったのだ。ローズ自身はプロテスタントで、比較的自由な生き方をしてきた。一方でその頃、同じ町に棲み後にローズの恋人になるマイケルは、英国軍の徴募に応じパイロットになる決意をしていた。それは、カトリック系の組織から見れば、裏切り者=敵になることを意味していた。さまざまな時がたち、妊娠したローズは、嫉妬にかられた神父から精神異常者にされ隔離病棟に送られてしまう。さらに、自分の子どもを殺したという罪を着せられるという不当な扱いを受ける中で、聖書に自らの思いをつづり始め40年の歳月が流れ・・・。

 アイルランドは、歴史的にイングランドの支配下にあり、独立を果たしたのは1922年。しかしその時、北部の6州はプロテスタントが多いという理由でイギリス領になってしまう。その後も北アイルランドの独立運動はやまず、武装組織IRAと英国との間で和平合意なされたのは1998年になってのことだった。この映画は、そういった時代背景を基に作られている。後に夫になるマイケルが、独軍機と空中戦になり墜落し、ローズの家の近くにパラシュートで降下する、などということが実際にあるとは考えにくく、ストーリーに無理があるのではないかと思わざるを得ない点もあった。が、全体に良く出来た作品と感じた。

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わたしのレコード棚―ブルース47、William Moore

2018年02月07日 | わたしのレコード棚
 ウィリアム・ムーア(William Moore)に関しても資料が少ないが、CDの解説などによると1984年ジョージア州生まれで、8歳頃にヴァージニア州タッパハノック(Tappahannock)という所に移住。その後は、亡くなる1951年(1955年説あり)までそこで理髪店などをしながら客にも音楽を演奏する、という生活をしていたらしい。もともと南部の田舎などでは、理髪店で客を飽きさせないように歌ったりギターを弾いたりする伝統があったとも聞いている。


DOCUMENTのオムニバスCD『Ragtime Blues Guitar』。この中に1928年シカゴでの録音8曲が入っている。その時、パラマウントに16曲録音したらしいが、実際に発売に至ったのはこのCDに収録されている8曲で全てらしい。ジャケットの写真が誰かはわからないが、おそらくウィリアム・ムーアもこんな感じで、理髪店で演奏していたように思われる。

 わたしがブルースギターを習い始めた1970年代の終わり頃には教材が少なく、ステファン・グロスマンの教則LP『How To Play Blues Guitar』が数少ない教材だった。その中に、ウィリアム・ムーアの『Old Country Rock』が取り上げられている。教則LPの演奏はギター・デュオで、一本はチューニングをドロップDにし、かなり洗練された感じになっている。が、原曲はスポークン(喋り)の入った素朴なものだ。そのスポークンを入れている人は不詳だが、内容はかなり性的な解放感に満ちたもののように聴こえる。「この町の者達ゃ、みんなロックが好きさ。おとなも、こどもも、若いのから年寄りまでね・・」とつづく。
 グロスマンの教則LPには、「ブラインド・ブレイクの『ウェスト・コースト ブルース』の精巧な模倣です。」とある。しかし、ムーアの曲はキイDで、ブレイクの『ウェスト・コースト ブルース』はCだ。スポークンはかなり似ているが、基本的なギターのモード(押さえ方)が違い、聴いた感じは違う曲のようで「精巧な模倣」と云えるのかどうか疑問に思うところだ。

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わたしのレコード棚―ブルース46、Lonnie Johnson

2018年02月03日 | わたしのレコード棚
 ロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson)は、ブルースファンからはジャズ系のギターリスト、ジャズのファンからはブルースマン、という印象に受け取られているようだ。そのためか、その実力が正当に評価されていないミュージシャンの一人、と言える。
 生まれは、資料によって異なるが、1894年2月としているものが多い。その他、1889年とか1900年としている資料もあるが、生地はニューオリンズで間違いないようだ。亡くなったのは、カナダのトロントで1970年6月16日。亡くなる前年にトロントで車にはねられ、それ以降事故の後遺症で体調が悪化し亡くなったという。

 とにかく音楽的な才能に恵まれていた人で、ニューオリンズという音楽に囲まれたような街の中で、最初に習ったのはヴァイオリン、その他バンジョー、マンドリン、ピアノなど次々にものにしていったらしい。共演した演奏家も多く、盟友ともいえるエディ・ラングはもちろんのこと、ルイ・アームストロングやデューク・エリントンなどジャズのプレーヤー、その他ブルースマンも多い。
 ギターのチューニングは、主に6弦と5弦を1音下げ、それぞれDとGにしている。これを、わたしは敬意を込めて「ロニー・ジョンソン・チューニング」と呼んでいる。このチューニングの為、曲のキイはDあるいはG系がほとんどだ。スケール(音階)は、ブルーノートに巧みにメジャー音を加えた、時代を先取りしたものだった。弦をチョーキングしても、この人だと洒落たジャズの雰囲気が醸し出る。甘い声だったこともあり、都市の酒場などでは大いに受けただろう。逆に、その洒脱さが重いテーマの曲には向かないこともある。下の2枚目のCDには、「Back Water Blues」という洪水をテーマにした曲が入っているが、これなどは高いテクニックや甘い声が邪魔になっていて、曲のテーマが薄れてしまっている。才能に恵まれすぎた悲哀か。これだけの音楽性を持った人でも1950年代には音楽で生活できず、他の仕事をしていた時期もあるらしい。いずれにしろ、この人が後のギターリストに与えた影響は大きいことに異を唱える人はまずいないだろう。


コロンビアのLP、『Stepin' ON The Blues』。1925から1932年まで、初期の録音を集めた名盤。特に、エディ・ラングとのギターデュオは聴きどころだ。


これはP-VINEのCDで、BluesvilleというレーベルのLP1011と1024をカップリングしたもの。全21曲。1011が1960年4月の録音11曲で、Elmer Snowdenがギターで、Wendell Marshallがベースでサポートしている。1024は、同年12月の10曲で単独での録音。


StoryvilleというレーベルのLP、4042。1963年10月に、コペンハーゲンで、ピアノにオーティス・スパンを迎え、エレキギターを使った録音。ロニー・ジョンソンは、かなり早い時期にエレキギターを手にしており、1938年頃にはすでに使っていたらしい。スパンの音域を広く使ったピアノも冴えている。

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