紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

女峰山(2483m)に登ってきました!

2004-07-19 10:01:03 | 3・山の日記
とてもくたびれたけど、楽しく、身体のためになった(?)1日だった。とにかくあんなに大変な行程は、どうやっても一人では行けない。仲間がいないと無理。同行のN氏、K氏、Aさんに感謝!

登りの標高差800mはさほど大変ではないかなと思ったけど、アップ、ダウンが続き、1200mくらい登った感じ。
9時半、霧降高原のリフト上から登りはじめ、コースタイムより早く進み、頂上直下の岩場はけっこうこわかったけど、2:15分には頂上着。

頂上は、登ったかいのある、すばらしい眺め。すでに登ってきた人から、頂上はガスっていて、何も見えなかったと聞いていたので、あまり期待してなかったが、我々の到着を待っていてくれたように、ガスがきれた。
男体山が夫で、女峰山が女房。大真名子山、小真名子山が子どもの山ということだ。 太郎山も子どもだったかな? どの山も、手の届くような近さで見られ、感激。
夫の男体山は、どっと登って、どっと下る単純な、どーんとした山だというが、それに反して、妻の女峰山は、もう頂上か、もう頂上かと思うのに、何度も裏切られ、なかなかに手強い山でありました。

でも、大変だったのは、下り。日光東照宮裏におりるコースだったが、1日で1800mも下ったのは、おそらくこの10年くらいで、初めて。足下も見えないほどうっそうとして、背丈のある、ジャングルのような笹原が、これでもかこれでもかと果てもなく続いていた。今地図をみたら、「高原情緒」なんて書いてあるけど、そんなもんあった? (携帯でとった写真)

最初は、飛ばして下って、温泉、生ビールも行けるか、と楽観視していたが、3時間くらい下って、足ががたがたになっても、まだあと1000mも下らなくてはならない。その頃から、温泉はあきらめ、せめて生ビールという夢も消え、ついにヘッドランプを出す頃になると、その日の最終電車に間に合うかどうかもあやうくなった。だめなら、日光の東観荘に泊まろうかという話しまで出たが、なぜかK氏は、絶対に帰るといいはっていた。

ようやく7時過ぎ、東照宮の所までおりた。10時間弱の行程。タクシーがきてくれて、無事東武日光線・最終快速に乗り込んだ。車中ビールでカンパイ! おいしいビールでありました。

朝起きたら、久しぶりに筋肉痛。これからプールにいって、1キロくらい泳いで、筋肉をほぐしてこようと思う。

<頂上写真>この時はまだ余裕の笑顔。これから先が長かった。



計画表

日光女峰山

2004-07-17 10:26:39 | 3・山の日記
明日、7月18日は京王線の始発に乗り、ホイッスルのメンバー4人で山に登ってくる。場所は日光の女峰山(2483m)。
歩行時間 約9時間、標高差=約1800m。

これだけたくさん歩いた後の温泉、その後の生ビールは最高!
日光だし、これに餃子がつけば、もっと最高!!
と思いきや、明日のコースは長いので、万が一にはビバーク(野宿)の覚悟も、とのお達しが・・。
うまくいっても、コースタイムを見る限り、駅に着いて、最終列車まで30分弱では、温泉、餃子は無理だわね。残念!!!

けっこう厳しそうな1日。ガンバラナクッチャ。
リーダーの沼上さん、喜多村さん、有吉(良流娯)さん、明日はよろしく! 
 
*****
日光駅 8:30(バス)→8:57 霧降高原 9:00(リフト)→
9:30 小丸山 9:40→11:10 赤薙山 11:20→12:50
一里ケ曽根(昼食)13:10→14:30 女峰山 14:45→15:15
唐沢小屋 15:20→16:10 黒岩 16:15→17:25 稚児ケ墓 
17:30→18:20 行者堂 18:25→18:55 西参道(ここから市
街地)→19:30 日光駅 19:59(快速最終)→22:04 浅草駅

ホームページ「窓光・郷隼人歌集」

2004-07-17 06:44:01 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
きのう、ふと思いたって、郷隼人さんのことがのっているホームページがないかと思って探してみました。
そうしたら、ありました。
「窓光・郷隼人歌集」
公式のホームページです。郷隼人さんからのお便りなどが掲載されていたので、きのうは全部読みました。
何年も郷隼人さんと文通している方が、作られているページです。
すぐにお気に入りに登録しました。

でも、それだけでは、足りない(?)気がして、私のBlogのブックマークに入れさせて頂けないかと、サイトマスターの方にメールを送らせて頂きました。すぐに、快いお返事が頂けたので、登録します。郷さん自身や歌に心魅かれた方は、ぜひ見に行ってください。
現在、サイトマスターの早野さんは、体調を崩されているということで、あまり頻繁に更新するのは難しい状況だそうですが、それでも「「LONESOME・隼人」とはまた違う生の声が聞ける場所です。

「LONESOME・隼人」

2004-07-16 06:27:54 | 13・本・映画・演劇・音楽など
去年あたりから、郷隼人さんのことが天声人語にのったりして、世間でもその名前を聞くようになった。それだけ、郷さんの歌に引きつけられる人が多いということだろう。それと同時に、去年の暮れあたりから朝日歌壇に歌がのらなくなったので、どうしたのだろうと思っていた。それから、しばらくして、歌集「LONESOME・隼人」が幻冬社から出ることを知った。歌だけでなく、刑務所生活をつづったエッセイもおさめられているという。その準備に忙しくて歌の投稿ができなかったことがわかった。

歌集を買って、読んだ。殺人を犯して、終身刑の判決をうけ、1984年より米国の刑務所(現在はカリフォルニアのソルダットの刑務所)に服役しているとのことだった。現在55歳。

胸がしめつけられるような歌が並んでいて、涙がこぼれた。エッセイの文章も、気負わず淡々としてユーモアもあり、気品がある。表現したい思いがあふれ出ているような人だと思った。


「LONESOME・隼人」の歌集から

十年の歳月を経て初めての 母の便りに胸がつまりぬ

「イマジン」を何度も聴いて偲びます あの夜は冷たい雨が降ってた

ジャンボ機が真綿を曳いて通り過ぐ 西へ向かえば乗りてゆきたき

獄房に夜長も日永もながながし 短針の如き時間(とき)が過ぎゆく

「ICHIRO!」と囚人仲間に呼ばれれば まんざら悪い気はせぬぞ俺

学びたい聞きたい読みたい知りたいと 囚人我の朽ちぬ欲望

「紅白」も鐘・蕎麦もなく夜が明けて 同じ格子の景去年今年

計画は短期滞在(ステイ)のはずだった 在米三十周年記念日 
 (2004・7月11日付・朝日歌壇)


歌人「郷隼人」さんのこと

歌人「郷隼人」さんのこと

2004-07-15 06:18:06 | 13・本・映画・演劇・音楽など
連句を始めて約10年たつ。連句で、「花」の定座は桜のことなので春。「月」の定座は、他の季語をいれない限り秋の句になる。春、秋は3句続けるというルールがあることから、春、秋の季語をいれなくてはならない句が、1歌仙を巻く中に、だいたい10句ある。
俳句の世界はあまり知らなかったので、連句を始めてから、季語の使い方を覚えようと、日曜日(今は月曜日?)に朝日新聞の「朝日俳壇」を見るようになった。

けれども、私は俳句より、短歌の方が、詠む形式として、ストレートで、自由なところが、なんとはなしに好きなのである。俳句を読みながらも、つい目は「朝日歌壇」の方にいってしまう。
そうしているうちに、短歌の詠み人の中に「郷隼人・(アメリカ)」、という名前を見つけるようになった。歌から察するに、アメリカの刑務所に服役中の人だというのがわかった。

しばらくするうちに、日曜日には真っ先に「郷隼人」の名前を探すようになった。刑務所に自生する草花や、故郷鹿児島への思い、独房で考えたこと、etc・・などが、つづられていて、秀逸だと思った。そういう歌に接するたびに、私は、いつしか、その人はどんな人なんだろう。どんな罪を犯したのだろう。なぜ異郷のアメリカで服役しなくてはならなくなったのだろう。と郷隼人さんのことが気になりだした。

「LONESOME・隼人」

Blog開始後・つづき

2004-07-14 06:20:21 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
他にも私の生活で変わったことがある。
以前は、朝一段落して、パソコンのスイッチをいれると、まずメールのチェックをすることにしていた。
私は夜寝るのが早く、朝起きるのも早い。みんなとの間に時差があって、寝ている間に、ドドッっとメールがきていて、それを朝読むのが楽しみだった。もちろん、必要なものには返事を書いた。

ところが、最近では、まずBlogを開くようになった。何をするか? 自分だけにわかるアクセスカウンターのチェックをするのである。これが、実はひそかな楽しみなのだ。ちなみに、おとといは「289」で、今までの最高と並ぶ。同じ人が二回みても、カウントされるので、実際に289人もの人が見ているわけではない。自分だって、書いたのをチェックするために、何回か見るし。でも、こんなに多い時は、めったになく、たいていは、100~200の間。

変わったことが、もう一つある。メールの数が、減った。ものすごく。今どうしてるだろう、とメールをくれた人が、そのかわりにBlogを読んで、暇さえあれば、山にいってるのね、とか思っているんだろうな。そのかわり、何人かの人はコメント欄に書き込んでくれる。私のBlogにコメントを書いてくれると、だいぶ前のでも、gooからメールがくるので、私にはわかるのである。きのうも、ちゃんとイ・ミニョンさんも書き込んでくれた。(笑)少し前のBlogに。

私がいつBlogを書いているかというと、朝、メールの返事を書いていた時間。さもなければ、前の日の夜。でも、夜書いても、アップするのは、翌朝にしている。最初にカッパ師匠から、お酒を飲んで書くのは、読んでくれる人に失礼だといわれているので、夜書き込んでアップできることはめったにないのである。翌朝、夜書いたものを読み直して、アップすることが多い。

書いているのは、「Outlook Express」。下書きのところにいれている。それを、あとでコピーしてのせる。なぜ、直接Blogに書かないかというと、そこは字があまりに小さくて、読むのに目が疲れてしまうのだ。
あと、今も書きながら迷っているが、ふつう原稿や手紙を書く時には、一字下げにする。私は、今のところ、メールもBlogも一字下げにはしないで、書いているけど、ほんとうはどっちがいいんだろう。一昨日たけさんからコメントを頂いたが、一字下げで書かれていた。またそれを読んで一字下げの方がいいのかと、ちょっと迷ってしまった。

Blog開始後

2004-07-13 06:24:14 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
何が変わったかといって、ふだんボーっとしている事が多かったけど、ふとした瞬間に、こんなこともBlogに書いてみよう、という目でまわりをみるようになった。といっても、大したことではないけど。今日の雲はすてきだなあ、デジカメ持ってきて撮りたかった・・とか。そして、撮ったら、その雲をみて思ったことを書くのもいいな・・とか。

Blogを何人かの人にすすめてみた。友だち、従兄弟などに。まだ誰も始めたという知らせはこないけど、もしかしたら、こっそり始めている人もいるかもしれない。始めたことを誰にいわなくたっていいし、ハンドルネームでBlogを書けば、その人だということは誰にもわからない。私はいろいろ本の紹介などもしたくて、本名で書いているけれど、むしろ、そういう人の方が、少数派のようだ。

私も、実は最初、カッパ師匠にもいわずに、こっそり始めてみた。
私のBlogのページをずっと下におりていくと、下の方に「Blogの作成・編集」という文字がある。
そこをクリックすると、IDとパスワードをいれるようになっている。まず、始める始めないは別にして、それに登録してみる。そうすると、自分のBlogが作れるようになる。
タイトル、プロフィール、その他何でも、あとで簡単に変更することができるので、とりあえず、書いてみる。それが初めの一歩。その日のうちに、やめてもいいし。もうちょっとやってみてもいいし。とにかく気楽でいいのです。誰に迷惑をかけるわけでもないし。私も、もうやめよって思ったら、すぐにやめてしまうからね。

Blogの楽しさ

2004-07-12 06:26:51 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
最初カッパ師匠から、「Blogをやりませんか」とすすめられた時、パソコンの世界にうとい私は、Blogという言葉も知らなかった。
それから、新聞やパソコンを注意してみているうちに、Blogというのが、世の中一般にかなり広まっているものだとわかった。

一ヶ月間、カッパ師匠のBlogをのぞいてみて、始めてみようかと思ったり、やはり多少は縛られるだろうとか思ったりしながら、それでも一ヶ月後に、エイヤーっと開始した。

師匠の 5月21日の「ブログ作成者が増えている」にはこう書かれている。

★1つは、作るのが非常に簡単なことです。
初期登録をしてしまえば、毎日の更新は、文字を書き込むだけです。
★2つ目は、楽しいからでしょう。
自分の意見、主張を自由に書き留めておけます。
誰にも見られなくても、自分が後で読めればよいと思って書けば気が楽です

ほんとうにその通り。ホームページの作成とちがって、メールを書くのと、全く同じ気軽さで書き込むことができる。それに、最近では10歩(3歩という説も)歩くと忘れてしまう私なので、昔のこと今のことなど、どこかに飛び散ってしまう前に、書きとめたいと思った。

でも、何といっても楽しいのは、Blogを始めなければ、決して出会うことのなかった人と、話しができることだと思う。これまで一ヶ月半の間、コメントをくれる人は、友だちなどほぼ知り合いばかりだったが(そのうち、ミニョンさんからも届く予定ですが、もちろんその人もサクラです)、全然出会ったことがない人と、興味のありようが似ているというだけで、話しができる。これは、すごく新鮮な楽しい体験だ。
畑で野菜を作っているtomーchan、私の本を子どもの頃読んでくれたくずきさん、野川が好きな本間さん、調布に住んでいるたけさん、などからコメントを頂き、嬉しかった。

せっかち歌仙満尾

2004-07-11 09:18:18 | 7・連句・俳句・短歌
6月3日に始めた、せっかち歌仙・その8「五月雨の巻」が一昨日7月9日に、巻き終わった。
終わってみると、いつも、あそこの句は、もうちょっと違う風に詠めばよかった、など反省点が多々出てくる。じゃないと、進歩もないわけだけど。たいてい、どう歌をつなげたらいいかわからなくなって、頭をかかえたりしながらも、楽しい一ヶ月間を過ごす。
みんな、仕事その他でメチャクチャ忙しかったり、体調を崩したり、家族に問題をかかえたり・・いろいろあるけど、その間、歌仙を巻く、という一点で共通の時間を過ごす。その結果、一つの作品が残る。

今回、終わってみて、いつまでこういう時間というのは続いていくのだろうか、とちょっと思ったりした。けれど、今のこの時を大事にして、めったに得られない仲間も大切にして、続けられる限り続けられるといいなあと思った。まあ、後20年? というと私は72歳か。少艶氏は92歳。う~ん、果たして? でも、今も現役で弁護士のお仕事をしてるし、きっと、まだまだお元気でしょう。
とりあえず、反省会をかねた、暑気払いでしょうか。もちろん、それも連句の楽しみの一つです。

(写真は1996年。私が参加し出してまだ間もない頃。渋谷の「青木」で。連衆ではないO氏、Nちゃんも一緒に)

宮崎駿さんの映画

2004-07-10 07:14:25 | 13・本・映画・演劇・音楽など
宮崎アニメは、どれもこれも好きだけれど、一番好きなのは「魔女の宅急便」。二番目は、ラストがちょっとイマイチだなあと思うものの「耳をすませば」。でも「となりのトトロ」も好きだし「天空の城ラピュタ」も好き。「紅の豚」もいいし。とにかく、どれもこれも好きである。

全体のストーリーもいいけど、どの作品も、ぞくっとするというか、心が騒ぐというか、そういうワンシーンがある。「魔女の宅急便」では、キキが草原に寝ころびながら、ラジオの天気予報を聞いているところ。草が、ざわざわと風に揺れていて、キキはそこで、13歳になったので、家を出て独り立ちしようと決心する。

「魔女の宅急便」は角野栄子さんの原作も好きで、4巻とも読んだ。うまいなあ。楽しいなあ。と読むたびに思う。

(写真は、角野栄子さん(左)。その隣は岩崎京子さん。二人の尊敬する作家と一緒に写してもらった大事な記念写真。右は講談社の神田さん。1988年)