元日は、上州路を走る社会人・実業団のニューイヤー駅伝を見るのが恒例となっています。毎年、いろんなドラマがありますが、今年は例年になく、わくわくしたような気がします。
というのも、前橋市の群馬県庁をスタートする1区は、各チームとも遅れを取りたくないため、中継所近くまで大集団で牽制し合うことが多いのですが、今年は有力選手が多いにもかかわらず、GMOの吉田祐也選手(青学大)が最初から迷うことなく先頭で押していく、積極果敢なレース運びをしたからです。吉田選手と言えば、青学での箱根駅伝を最後に引退し一般就職を考えていたものの、直後の別大毎日マラソンで当時初マラソン歴代2位の記録をたたき出したことから翻意し、陸上界に残ったという珍しいランナーです。そして、あの大迫傑と契約した新興のGMOに所属するなど、あまり前例にとらわれない人なのだと思います。そうしたレース運びに、徐々に選手が絞られていきます。他の有力ランナーは、3000m障害でパリ五輪で入賞したSUBARUの三浦龍司(順天大)、箱根駅伝のスターで優勝候補筆頭トヨタ自動車の吉居大和(中大)といますが、虎視眈々と狙っていたのは、昨年1区で転倒して本領発揮できなかった旭化成の20歳の長嶋幸宝(西脇工)でした。私も有力選手ばかりを注目していて気づきませんでしたが、一番涼しい顔をしていました。見事なレース運びでした。
続く2区は、最長21.9kmのエース区間です。ほとんど秒差のなかったGMOの今江勇人(千葉大院)がすぐに先頭に立ち、後ろには、マラソン日本記録保持者の富士通の鈴木健吾(神奈川大)、パリ五輪マラソン代表の小山直城(Honda)、旭化成の茂木圭次郞(拓大一高)という錚々たるメンバーを引き連れ走ります。そのうち、じりじりと背中のライバルを引き離す一方、トヨタ自動車のスーパールーキー鈴木芽吹(駒大)、マラソン日本歴代2位のKao池田耀平(日体大)がGMO今江選手を追い上げますが、最後までリードを守って、しかし、僅差で3区につなぎます。先頭争いには絡めなくても、安川電機古賀淳紫、中国電力菊地駿弥などが、ごぼう抜きを演じて盛り上がりました。
3区の先頭を行くのはGMO鈴木塁人(青学大)ですが、独特なフォームに勢いはなく、すぐにパリ五輪1万m代表のトヨタ自動車の太田智樹(早大)に並ばれます。更に、同じくパリ五輪1万m代表だった旭化成の葛西潤(創価大)はかなり離れていた距離を縮めて、前を行く二人に並びました。その後、GMO鈴木が遅れると、太田と葛西の併走となり、葛西がそのまま出ようとしますが、最初に無理してハイペースで追いついたのがたたり、最後は太田に付いていくことができず、本命トヨタ自動車が首位で、外国人選手が出場できる短いインターナショナル区間4区につなぎます。
以前のインターナショナル区間は、まだ差が付いていない2区だったため、激しいごぼう抜きがありましたが、ある程度差がついた4区ではそれほど大きな変動はなく、トヨタ自動車のキバティが旭化成のキプルトとの差を広げ、5区につなぎました。
5区のトヨタ自動車西山雄介(駒大)は、2022年世界陸上マラソン代表にして、パリ五輪代表の最後の枠を目指す東京マラソンで好走するなど、盤石かと思われました。2位を走る旭化成の大六野秀畝(明大)は華はありませんが、安定感があるベテランランナーですが、序盤なかなか差は縮まりません。一方、その後ろからやはり優勝候補のHondaのパリ五輪3000m障害代表の青木涼真(法大)がハイペースで迫ります。大六野に並ぶと、そのまま引き離すかと思われましたが、そこは大六野も実力者ですし、ハイペースで飛ばした負担もあるでしょうし、大六野は青木にしっかりついていきます。すると、盤石と思われたトヨタ西山が徐々に近くに迫ってきます。横腹に差し込みが起きたようで、大ブレーキです。青木と大六野にかわされ、3位に後退しました。さらに、最後は青木が大六野もかわして、首位で6区につなぎました。
11.4kmと短い6区は、Hondaが無名に近いルーキー久保田徹(大東大)、旭化成は12月に1万mで好記録を出したものの、こちらも無名に近い齋藤涼(秋田工)ですが、追いつ追われつしつつも、ほとんど差が変わらず、12秒差で最終7区につないでいきます。
7区では、これまでもゴール前での激しいデッドヒートが演じられてきましたが、今日もそんな展開になりそうになってきました。しかし、これまでと違って、かなり予想が付きやすい展開となっていました。トップを走るのは、Hondaの中山顕(中大)ですが、1万mのベストタイムは28分09秒92で、マラソン中心の活動をしているのに対し、追う旭化成の井川龍人(早大)のベストは27分39秒05と日本屈指のスピードランナーです。つまり、スプリント勝負になったら、旭化成の井川に分があるということです。ただ、無理して追いついたりしたら、そういうシナリオにはならないかもしれませんが、井川はしゃにむに追うことはせず、ジリジリと中山との差を縮めていきます。追われる中山も二人の持ちタイムを当然知っているわけで、先頭を走っているのに、その表情には焦りがまじまじと表れており、かなり汗もかいています。5kmくらいで井川が中山に追いつくと、そのまま抜くことはせず、ピタッと後ろに付きました。1区のGMO吉田の飛び出しとはまったく逆で、ここは完全に勝負に徹する作戦です。自分よりスプリント能力のある選手に後ろに付かれ、風除けにされたHonda中山選手は気の毒でしたが、それが嫌であれば、その前にもっと差を付けておくか、自分から離しにかかる勝負をかけるしかありません。
結果は、Honda中山も振り切ろうという気持ちはあったのでしょうが、それだけの力は残っておらず、逆に残り500mでスパートをかけた旭化成の井川に引き離され、涙を飲みました。旭化成はエース相澤晃(東洋大)を欠きながら、5年ぶり26度目の優勝を飾りました。太田、西山、田中秀幸など実力者に、吉居、鈴木芽吹というスーパールーキーを加えたトヨタ自動車の連覇は堅いとまでは言わないまでもかなり可能性が高いと思われましたが、そんな簡単ではありませんでした。そして、トヨタを倒すのは、小山直城、青木涼真、伊藤達也というオリンピアンと、箱根駅伝を沸かせたヴィンセント(東京国際大)を擁するHondaと言われていましたが、それは旭化成でした。エース相澤晃が欠場し、これまでの主力鎧塚哲哉、市田孝などではなく、私のような素人には無名の長嶋幸宝、茂木圭次郞、葛西潤、齋藤涼、井川龍人らの選手は、1位、6位、2位、4位、1位と安定した成績を残しました。旭化成の総合力が見事でした。