昨日の球技大会で、応援に来ていたカズキ父と立ち話をしました。いろいろ話す中で「いくら親が子どもに何かさせようと仕向けても、本人がその気にならなければ、長続きしない」という点で、二人とも一致しました。こうしてほしい、ああしてほしいは、いろいろあっても、結局やるのは本人だからです。
かなり昔のことなので、記憶が定かでない部分もありますが、自分自身のことを振り返るとどうでしょう。
小学校のソフトボールチームは、期間限定の子供会対抗だったので、あまり本人の意思も関係なかったですが、中学校の部活は自分の意思でした。そして、当時の野球部と言えば、それこそ花形でしたから、ものすごい部員が入部したものです。
大所帯ですから、一年生は三年生が引退するまではまともな練習すらさせてもらえず、練習をすること自体に飢えていたものです。そして、練習できるようになってからは、数多くのライバルたちにどうやったら勝てるのか、否が応でも「やる気にならざるを得ない」状況にあったように思います。
「競争」というのは、「やる気」を生みだす要素の一つですね。
学業の面では、小学校の低学年の時までは、家にランドセルを放り投げると、暗くなるまで遊びまわり、まったく勉強をしないダメな生徒でしたが、家で勉強しろと言われた記憶もありません。言われたとしても、きっとやらなかったと思います。
転機となったのは、小学校3~4年生頃母親が子どもの頃に使っていた古ぼけた地図帳をもらってからです。終戦直後と高度成長を終えた昭和50年頃では、日本の姿もだいぶ様変わりしており、そういうことが古ぼけた地図から読み取れ、飽きもせずにずっと眺めていたものです。
その後、社会つながりで歴史に興味を持ち、他の教科もそこそこ興味を持つようになり、何とか今があります。
「興味」というのも、「やる気」を生みだす要素の一つです。
時はだいぶ経ち、大学を卒業し、今の会社に就職してからのことです。会社に入ったばかりの私は、知らないことばかりでまったく役に立たない人間です。当然と言えば当然ですが、その頃の私は、自分が出来ることは人にも同じことを求めるという自分の基準で人を判断する面があり、それに照らせば、出来ないことばかりの役立たずのような気分でとても情けない思いをしました。
ところが、入社2年目の時の上司は、会社の中での知識は少なくても、私の良い点を見つけて、それをうまく使って仕事をさせてくれる人でした。それは私だけでなく、他の部下に対して同じで、それぞれの良い点をうまく引き出す人でした。
自分の基準で人を判断するのではなく、自分にはないものも含めて、人の良い点を見つけて引き出すことの大切さを入社二年目で気づかされ、非常にいい経験をさせてもらったと今でも感謝しています。この上司に出会い、この上司のように部下を育ててみたいという「やる気」とビジョンを持ったものです。残念ながら、その後、部下を持ったのは一年だけで、ほかはずっと人事や企画などのスタッフ職が長くなり、そのやる気を活かせてはいませんが
。
「気づき」も、「やる気」を生みだす要素です。
いずれにしても、いつどこで、本人が競争や、興味あるものに出会い、気づきを得るかによりますが、本人の「やる気」を待つしかないですね。それに出会えるように少しでも場づくりをするのが、大人の役割ですね(そういう意味では、昨日の球技大会は、コダマには何かのきっかけになったかもしれませんね)!
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今日のジョグ
仕事でやや遅と、休養のためお休み。