アメリカではもはや「常識」と言ってもいいのでしょうが、日本ではまだまだ「未知」の領域と言っていいのではないでしょうか。以前紹介した本城雅人著『球界消滅』文春文庫もセイバーメトリクスを一つのモチーフとしています。
セイバーメトリクスとは
セイバーメトリクスとは、数値を統計的に分析して客観的に野球を研究しようすることで、アメリカでは既にチームづくりに活用されているとのことです。元々は、警備員をしていたビル・ジェームズという「野球統計おたく」の人が始めたものだそうですが、今でも日々進化して、統計的にいろんなことが分かってきているそうです。
一例としては、「得点を増やすには打率よりも、出塁率や長打率の方が重要」という統計的な事実があります。これは、私たちもある程度、皮膚感覚で感じていることですよね。極端な例では、打率3割で出塁率3割5分の打者より、打率2割5分でも四球が多く出塁率4割の打者の方がチャンスを作る機会は多いですし、同じく単打のみの3割打者よりも、半分が本塁打の2割5分の打者の方が得点の機会は多いということです。
これは素人でも分かる「いろはのい」ですが、その他にもさまざまな要素が統計の対象となり、いろんな分析がされているようです。人気商売という要素もありますから、統計だけで判断するのはどうかとも思いますが、某球団のように資金力にまかせて有力選手をかき集めるのではなく、戦略的にチームを構築する有力な手法になるものですね。日本ハムなどは、結構、この手法を活用してチームづくりをしているようですね。
トラッキングとは
トラッキングとは「追跡」という意味で、球場内の3ヶ所にカメラを設置し、投手の投球や打者の打球、野手の動きなどすべてをデータ化して解析するシステムが開発され、メジャーリーグ30球団すべての球場に設置され、さまざまなデータが取集、解析されているそうです。
もっとも興味深いのは、投手の球筋というか、投球の質が分かるということです。
よくキレのある球とか、重い球とか言ったりしますが、現実のボールにキレがあるわけでもなく、重さに違いがあるわけではありません。ただし、それを明確に説明する言葉はありませんでした。それを説明する武器となるのが、このトラッキングのシステムです。セイバーメトリクスは、どちらかというと、球団GMなどチームの戦略を考え、実行することに役立つのに対し、トラッキングの方は、現場の指導者・選手に役立つシステムですね。
このシステムがすごいのは、球速や球種だけではなく、回転数や軌道など投球の変化量が分かることです。よく「伸びのあるボール」とか、「ホップするボール」などと言いますが、いくら揚力が働いても、人間が投げるボールが上にホップすることはあり得ません。それがなぜホップして見えるかと言えば、普通の投手が投げれば重力の影響を受けて落ちるはずのボールが、ボールの回転数が多いことから、あまり落ちずに向かってくるため「上に上がって見える」ということのようです。
また、通常ストレートと言っているボールは、実際には本当の真っ直ぐではなく、データ上は大半が横方向に変化(つまりシュート)をしているそうです。
こうしたボールの回転数に基づく上下の変化量や、投げる腕の角度に基づく左右の変化量などにより、投手のスタイルを分類していますが、これまでの感覚的な「キレ」や「伸び」、「重い球」や「軽い球」などと違って、とても説得力があり、腑に落ちるものです。
日本でも遠からず普及し、浸透していくと思いますし、とても良いことだと思います。
一方で、この書籍でも問題提起され、結論は出していませんが、このシステムは、ストライク・ボールも客観的に判定できてしまうということがあり、では審判は必要ないのではないかという問題が出てきくるということがあります。
もちろん、アウト・セーフの判定は、カメラではできないので、審判がいなくなることはないのですが、ストライク・ボールは、カメラに任せて、アウト・セーフだけ判定するというのも変な気がします。もちろん、学童野球にそんなカメラが設置されることはあるはずがないので、従来通りではあるのですが、私たちはプロや高校野球の審判を手本にしていくわけですから、そのやり方が変わると大きな影響がでますね。
セイバーメトリクスもトラッキングも、野球界にとっても、とても有益なことだと思いますので、積極的に導入していくべきだと思います。一方で、審判の問題などは慎重に検討し、うまく調和させていくと良いのではないかと思います。