伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

夜遊の袖

2006-12-01 22:06:22 | 小説
 70歳近い信州出身で元国立博物館勤務で現在は京都で大学教授だけど売れない小説も書いている純一と幼なじみの芸妓まり子とその娘未緒が京都と過去の信州・東京で織りなす人間関係を中心とする小説。
 前半と最後で出てくる能と京都の風景・風俗の描写の雰囲気は、悪くなかったのですが。
 この主人公の設定が、まるっきり作者のプロフィールと一致していて、たぶん、自伝的作品なのでしょうけど、これが全編、自分は立派で正直で粋、他の男は皆無粋で傲慢と言い続けていて、とても見苦しい。
 しかも、敵と位置づけて貶めている大館の方が、私にははっきりと純一より器が大きく読めます。時々相談者が一方的に相手が悪いと言い続けているのにそれを聞いていてさえ相手の方がまともそうと思うときがありますが、そういう感じ。大館が悪者に見えるのは最後にまり子に手を出そうとしてまり子が嫌がるシーンが置かれていることによるのですが、それだってそれまでのまり子の態度とそぐわず、取って付けた感じ。
 この作品で登場する女性は、雅や侘びの雰囲気を出すためと、純一を慕わせ敬わせて純一が偉いという形を作るとともに他の男を嫌わせて貶めるためだけに存在するようです。まり子の態度もそうですし、未緒にしてもお話の前3分の1と後3分の1は未緒の視点から語られているにもかかわらず未緒の人物像や思想はほとんど見えません。純一への「父殺し」と「復讐」のために未緒は2度犯されるのに、怒りも悔しさも描かれません。ただ未緒の立場から純一を理解し、敬う心情が書き連ねられていきます。
 また、純一は父親を恨み続けますが、それも父親が脱走兵を追わせてその結果身の危険を生じたことが理由になっています。普通、そういう場合恨むのなら危害を加えた脱走兵でしょう。なんか、この人自分以外の権威ある人物を貶めたくてこじつける理由を探している感じがします。しかも、普通、父親との葛藤を描く小説は、成長した後どこかで父親を理解したり許すものですが、70近くなった純一がいまだに既に死んでいる父親を恨み続けているなんて、滑稽だし、かなり異常。作者はそういうふうに感じないんでしょうか。
 まあ、自分と同じプロフィールを設定して、それを慕う女の視点から純一は立派と語らせて恥ずかしく思わない感覚ですからね・・・純一の敵として貶めている宮脇を「自分なりの世盛りの錯覚を他人の是認の形で味わう仮構の舞台が欲しい。それを欲する資格は俺にもある筈だ」(233頁)なんて描いていますが、そのまま純一にこそ当てはまるように読めます。自己満足の色彩がかなり強い作品だと、私は思いました。
 なお、66頁に「名誉毀損は立派に傷害罪なのだ」とかいう法律的には意味不明の記載があります。言うまでもなく傷害罪は身体に傷を負わせる犯罪ですから、名誉毀損が傷害罪に当たることは概念上あり得ません。法律用語を使うのなら調べてから使って欲しいなあと思います。


吉野光 作品社 2006年10月25日発行
コメント
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