伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

チェルノブイリの森 事故後20年の自然誌

2007-03-30 19:49:53 | ノンフィクション
 チェルノブイリ原発周辺の立入制限区域の最近の状況についてのレポート。
 著者の立ち位置は、草木も生えないあるいはネズミとゴキブリばかりの荒廃した世界という予想に反して(ゴキブリはそのイメージに反して放射能には弱いという指摘もありますが:191頁)、人間がいないことによって植物も動物も大いに繁殖しているということの方に力点が置かれ、その意味では原発推進側に近い感じがしますが、同時にその野生生物からはとんでもなく高濃度の放射性物質が検出されていることや先天性異常の動物が見あたらないのはすぐ死んでしまうから、野生生物の寿命が短くないか繁殖力が通常より低くないかは調査されていないためにわからないなどの指摘も各所にあり、考えさせられます。基本的に立証しがたい問題について、現実に厳密な調査がなされていない故に断定できないことを、だから事故の影響でない/影響はないと見るか安全とは言えないと見るか、その評価基準・価値観で読後感にかなり幅が出るかもしれません。
 最初の方の植物の繁茂の話は、日本人には(アニメファンには?)風の谷のナウシカの腐海をイメージさせます。でも現実には放射性物質は(半減期の長い放射性物質は)腐海の植物によっても浄化されずに植物の枯死・分解でまた環境に放出されますし、この本でも事故後時間がたって地中数cmのところに沈着した放射性物質がイノシシが掘り返したり車が通ったり建築作業をしたり湿地が乾燥したりでまた地表に現れて埃となって舞いあがってまた汚染が広がることが指摘されています。時間がたてば放射能汚染が収まっていくという単純なことにはならないのが、この問題の難しいところです。立入制限区域もウクライナ側は比較的調査され管理されているけど不法残留・立入者が多い、ベラルーシ側は調査も管理もろくにされていないけど人はいないとか、政治体制の違いに起因する話もいろいろ考えさせられます。立入制限の中で表面的には楽園に住む動物たちと故郷を捨てられずに不法残留する人びとと、現実に検出される高濃度汚染の数値の対比がもの悲しく切ない。


原題:WORMWOOD FOREST : A Natural History of Chernobyl
メアリー・マイシオ 訳:中尾ゆかり
NHK出版 2007年2月25日発行 (原書は2005年)
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